音読授業を創る  そのA面とB面と     05・2・3記




    
新指導要領(02年版)の活動主義批判



  02年から新指導要領が導入されました。三年が経過しました。はじめ
に新指導要領の「読み」の指導のおける活動主義について私見を述べます。
  国語授業は、担当教師の指導意図(指導目標)によって種々の指導方法
がとられます。大雑把に分けると、三つが考えられます。話し合い中心の学
習、活動中心の学習、音読中心の学習です。それぞれについて概略を説明し
ましょう。

       
(1)話し合い中心の授業


  文学作品の文章を第一段落から最終段落まで精読・精査していく読解指
導があります。これの授業方法は、話し合い中心で進められるのが普通で
す。教師の発問、児童たちの発表という話し合い学習が中心の授業が一般的
です。
  話し合われる学習内容は、「つり橋わたれ」(長崎源之助)を例にとれ
ば、次のようなことが考えられます。思いつくまま、ランダムに挙げます。
◎ざあっと読んで、第一次感想文を書いたり、感想発表をする。
◎文・文章から浮かんだことを行間に書き込みをする。その反応を発表して
 みんなで話し合う。
◎あなたは「つり橋」を知っていますか。知っていること、映像や写真で見
 たこと、実際に渡ったことなどについて話し合う。
◎トッコの気持ちの移り変わり(心情曲線)を話し合う。本文のどの文章個
 所から、そう言えるのか。順次、気持ちはどう変化しているか、を話し合
 う。
◎山の子どもたちにはやしたてられ、トッコはどんな思いでつり橋を見つめ
  ていたであろうか。トッコの気持ち(内面)を想像して話し合う。
◎「トッコは弱みをみせたくない」と書いてある。それはどの文章個所から
  そう読みとれるか。トッコの弱みとは何か。それが書いてある文章個所を
 指摘しつつ話し合う。
◎トッコは、強がっている。虚勢を張っている。それはどんなことから、ど
 の文章個所から、そう言えるか。
◎弱みと強がりは、裏腹のようだ。本当は、トッコは淋しくてしようがな
  いのでは。トッコの淋しさはどんな事からそう言えるのか。
◎トッコは、どんな性格の子だと思いますか。あなたと似ていますか。どこ
 が違っていますか。好きですか。
◎山の子たちは悪い子か、良い子か。討論(ミニ・ディベート)をやってみ
 よう。
◎主人公(トッコ)の行動や心情を話し合い、主題を読みとる。

  このような話し合い中心の授業は、とかくすると、成績優良児の発表だ
けとなりやすく、成績低位児はおいてけぼりになりがちだと言われていま
す。また、教師の講義中心の学習になりやすいとも言われています。しか
し、これまで教師たちは教材の与え方や導入の仕方や授業展開の方法などに
工夫をこらし児童の興味をつなげ楽しく力のつく授業をしようと努めてきま
したし、すぐれた実践報告もたくさん語られてきました。一読総合法の読解
方法の開発もその一つでしょう。

  02年度から導入された新学習指導要領では、従来の読みの授業は教
師中心の詳細な読解指導が多かった、反省すべきだ、ということから言語活
動を重視する指導に転換しました。新指導要領では、従来の「聞く・書く・
話す・読む」の四領域から「話す・聞く」を特出して三領域となり、「話す
・聞く」という言語活動重視の国語授業に転換しました。


        
(2)活動中心の授業


  児童の自主的な言語活動を主にした児童活動中心の授業です。従来の教
師中心の話し合い学習の精読・精査の読解指導の反省から生まれた、児童の
興味関心から授業組織していく方法として主張されました。
  新指導要領が施行されてから三年が経過しました。「生きる力」すなわ
ち「自ら学び、自ら考える力」が主張され、総合学習とどこが相違するのか
不分明なみたいな誤った児童活動中心の国語学習がみられるようになりまし
た。言語活動重視の授業は、児童たちが課題を作り、主体的に学習活動を工
夫して取り組むという自主的な作業が中心となる授業です。自らの力で課題
と取り組み、これまで学んできた方法を生かし、楽しみながら自分なりに主
体的に学習するという授業です。児童の興味関心から授業を組織して、児童
がやってみたい課題で一人でやってもよし、同じ課題があればグループを作
り、グループで相談しつつ活動をしてもよし、学習形態は全く自由となって
います。
  新指導要領では、「従来(旧学習指導要領)は文章を詳細に追っていく
読解指導ばかりが重視された、これは反省すべきだ」ということから、児童
の自主的な言語活動を重視する読解指導が主張されました。文章をおさえ、
文章に導かれて人物の心情や事件の移り変わりを克明に話し合う読みとり授
業が、時代遅れの、なにか悪い授業でもあるかのようなことを新学習指導要
領は言っているみたいに受けとられています。ほんとうは、そんなことはな
いのに。精読・精査の読解もしっかりと指導するように書かれています。

  「つり橋わたれ」の授業でいえば、児童による自主的な活動学習では、
まず興味関心ごとに課題をつくり、計画書をつくり、個人またはグループの
自主活動(作業)となります。どんな活動例があるのでしょうか。一般例を
ランダムに挙げてみましょう。
  パンフレット作り、続き話や視点変えの話作り、紙芝居作り、本の帯を
作る、紙人形劇作り、絵本作り、紹介ポスター作り、劇化する(舞台劇、朗
読劇)、音読発表会、「つり橋わたれ」の感想発表会、トッコの性格につい
てこう思う作文、人物へ手紙を書く、グループ対抗のクイズ大会、他作品を
含めての読書発表会、長崎作品の比べ読み、他のいじめ作品との比べ読み、
作品の感想アンケートやインタビューで新聞作り、感想のスピーチ大会な
ど、各自(グループ)の課題にそった自主的作業で進め、まとめをしていく
授業形態です。
  これが児童の興味関心にそった生きる力を育てる国語科の読みとりの授
業だ、新指導要領が進めている読みの指導方法だ、ということになりそうで
す。教科書会社発行の教師指導書をみると、これらと類似した読みの指導方
法や展開例がいずれの教材にも適用されています。従来の文章の初めから終
わりまで精読・精査して読んでいく読解方法はなにか時代遅れの否定される
べきことのように扱われています。
  もちろん、新指導要領は従来の精読・精査する読解指導を否定している
わけではありませんが、国語時間数の削減の中で児童の自主的な言語活動の
学習が重視され、それが拡大化・肥大化し、精読・精査の読解授業が縮小さ
れて時間的にもわずかになってしまったことに大きな問題をかかえていま
す。児童の興味関心による自主的な言語活動の学習(作業)は、現場の教師
ならみなさんが経験していることですが、ていねいにやりだしたら途方もな
く時間がかかります。それに単元の終末時間に「読む」に「話し・聞く」を
関連づけた学習活動、つまり最後の整理・まとめ・全体発表会・展示会・感
想発表会などの時間も二時間ぐらいは必要でしょう。どうしても、精読・精
査の読解授業の時間が削られ、軽減されてしまう結果になります。

  わたしは新指導要領の考え方に賛成ができません。これでは国語科が
「生きる力」・「自ら学び自ら考える力」という総合的学習という妖怪で汚
染され、のっとられてしまっています。児童の自主的な言語活動を重視する
国語教育、この言葉は美しくこれはたいへんに重要ですが、実際の国語授業
はお楽しみ会のグループ内での相談活動や作業活動と大差ない言語活動が行
われているのが現実のようです。
  現在の児童40人に教師一人の学級編成ではこのような授業になるのは
当然です。課題を選択するといっても課題が分からなくて選択のしようがな
い児童、何をやっていいか分からない児童が低中学年はもちろん高学年にだ
ってたくさんいるのが現実です。学年目標にそって、かつ児童の興味関心に
即した指定時間内に整理・まとめができる課題指導を個別にするといって
も、五日制になり国語の総時間数が減少しており、40人学級では教師がい
くら頑張っても児童一人ひとりに丁寧な個別指導ができる物理的な時間の余
裕がないのが現状でしょう。
  児童の興味関心にまかせれば、子どもは楽しそうに授業に取り組むで
しょう。しかし、その活動内容は低レベルの児童の興味関心はいずりまわり
活動で、深みのない皮相な言語活動の学習にならざるを得ません。グループ
内で活動する一部児童は積極的に活動してほとんど自分だけでやってしま
う、一部児童はおんぶにだっこで見てるだけか命令されるままに絵の色塗り
の手伝いとかの活動になりがちとなります。熱心にやる子、殆んど遊んでし
まう子、二つが出てくるのがいつわらざる現実の姿ではないでしょうか。
  熱心にやる子、殆んど遊んでしまう子、両方の児童にとって国語の授業
は好きなようにやれるから楽しい、好きだということになるでしょう。国語
の勉強だけでなく他教科も世の中のことも、これで全て順調にいくんだった
ら、ほんとに楽しく嬉しいことですがね。これでは、その学年で教師がねら
った学年相応の読解能力の実力が身につく子はごく一部の児童だけになると
いうのが現実ではないでしょうか。

  最近、日本の子どもたちの読解能力が低下していると、マスコミで話題
になっています。04年12月12日に公表された経済協力開発機構(OE
CD)の03年学習到達度調査結果、「日本の読解力は前回00年の8位か
ら、加盟国平均水準の14位へ下落した。読解力は加盟国平均を500点と
換算すると、日本は498点、前回の522点から24点も下がり、各国中
で最大の下落幅となった。」と伝えています。この調査結果は新学習指導要
領の導入と無関係とはいえないでしょう。このままですと、ますます日本の
児童生徒たちの読解力低下現象がおこるのは目に見えて明らかです。

  国語科には国語科プロパーとしてやらなければならない指導内容があり
ます。「読む」の指導では、文章の「読みとり方」の技能を徹底指導するこ
とです。「文章の読みとり方はこうする」という読みとり方の基礎技能を身
につけることが指導のカナメです。説明文の文章の読みとり方はこうする、
文学作品の読みとり方はこうする、という文章の読みとり方の基礎技能を教
える、教師がねらいを持って教える、スキルする、これが読みの指導の基礎
基本です。この基礎基本をしっかりと身につけさせることです。文章の形式
を押さえ、精読・精査する方法を教えずして何の「読む」の指導でしょう。
  
  言語活動中心で行われる読みの能力は「調べ読み」には必要な読解方法
です。多くの資料の中から必要なところだけを拾い出して、調べたい事柄だ
けを取り出し整理をする、という能力高めの指導は必要です。この調べ読み
の方法は総合学習とも関連します。でも、これが読みの指導の全てではあり
ません。「とばし読み」で内容(課題)だけが読みとれればよいは、ほんの
読み能力の一部分です。
  文章の初めから終わりまで精読・精査をしない読みの指導、文章形式
(文法・文章論的思考方法)をおさえて内容を読み取るのでなく、すぐ内容
さえ読みとれればよいという読解方法、これは読みの授業の基礎基本となる
読解方法ではありません。理科や社会科や総合的学習の資料読みの方法では
あっても、国語科の基礎基本となる読みの指導内容ではありません。
  「とばし読み」で素早く内容を読み取る方法、「精読」で手順をおって
内容の読みとり方を指導していく方法、両方があります。「精読」は読みと
り方指導の基礎基本であり、「とばし読み」は応用なのです。応用指導は必
要です。が、応用指導が肥大化して、基礎基本指導がおろそかになってはい
けないのです。

  旧指導要領では、発展学習と呼ばれたものがありました。発展学習と
は、基礎基本の精読・精査した読解指導をしたあとで行うもので、それは新
指導要領でいうところのもの、児童の興味関心による課題を作り、自主的主
体的な種々の言語活動の学習活動を指しているといってよいでしょう。基礎
基本学習と発展応用学習とをはっきりと区別すべきで、転倒させてはいけま
せん。国語科が総合学習みたいな応用学習に堕してしまってはいけないので
す。児童たちの興味関心に媚びて堕落してしまった低レベルの言語活動主義
の学習になってしまっててはいけないのです。


                 
(3)音読中心の授業


  音読授業は、前述した「(1)話し合い中心の授業」の中に入るのが通
常の姿ですが、話を分かりやすくするために便宜上の区分けをして、本稿で
は「音読中心の授業」の項目を立てました。「話し合い中心の授業」の中に
位置づけていいのです。もちろん、一時間全てが音読で進める「話し合い中
心の授業」もあります。
  音読を中心にした授業は、声が出れば学業低位児でも授業に参加できま
す。子どもは声に出して文章を読むことが好きです。喜びます。特にリズム
のある文章は喜びます。声に出すことは開放感があるのでしょう。声に出し
て読みさえすればよいのですから、学業低位児でも音声表現の楽しさを味わ
いつつ国語授業に参加できます。
  音読授業は、ここはこういう場面(気持ち)だから音声表現はこうなる
はずだと語り合い、あれこれと音声表現の仕方を実際に変化させ、いろいろ
と試みさせます。声に出しての音読を軸にしつつ場面の状況をつかみ、人物
の気持ちをつかむ授業をしていきます。音声表現を軸にして場面の移り変わ
りと人物の気持ちの移り変わりを読みとり、これを音声で表現していきま
す。
  会話文指導では、まず読もうとする会話文を音声で表現してみます。あ
らわれでた読み声について、自分で、ここは上手、ここはへんだ、と気づき
ます。また学級全員で話し合います。こういう場面の、この人物のこういう
気持ち(話し意図)だから、もっと音声にこんな気持ちがこめられるとい
い、こんな音調になるといい、というようなことを話し合っていきます。
  再度の音声表現を、みんなの助言に従ってチャレンジします。読み声を
提供した児童だけでなく、他児童たちにもチャレンジさせます。人物の気持
ち(話し意図)を、人物になったつもりで、読み手の全身に響かせ、体ごと
で音声表現していきます。
  地の文指導も同じです。ここの地の文個所は、どんな状況場面である
か、語り手はその場面(地の文)をどんな気持ちで語っているか、これらが
分かっていないと上手な地の文の音声表現にはなりません。この地の文を、
どんな音調で、どんな気分・雰囲気の場面構成にして音声表現すればよいか
を話し合います。それを読み手の全身に響かせ、体ごとで音声表現させてい
きます。
  あらわれでた音声について学級全員で感想を語り合います。こういう場
面の、こういう事態(事柄)を音声表現するのだから、もっとこんな雰囲
気・気分が声として出ればさらによい音声表現となる、というようなことを
話し合います。再度の音声表現を試み、さらに上手な読み声を求め、全員が
挑戦していきます。低位児も、話し合いには参加できないこともあるでしょ
うが、実際の読み声にチャレンジしたり読み声発表には参加できます。
  こうして場面の移り変わりを、人物の気持ちの変化を、人物の気持ち
(話し意図)をつかみ、読み手の全身に声で響かせ、体ごとの反応(理解)
として音声で読みとり、音声で表現していきます。思いを音声にこめて、体
ごとの反応として、身体に響かせて、音声表現していきます。ことばで理解
(表現)するのでなく、身体に響かせて理解し、身体まるごとの感情音声と
して表現していきます。「話し合い中心の授業」では理屈だけで内容精査を
していきがちですが、音読を取り入れると体ごとの感情反応で、身体に響か
せて読み深め味わうことができます。
  音声表現を取り入れると、イメージが体ごとで把握され、身体に響いた
読みができます。音声は作品が体を通過することで、情動が刺激され、感動
が喚起され、血肉化され、身体ごとで感情世界を理解できるようになりま
す。

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