暗誦の教育史(その1)        08・01・07記




           
はじめに

 
       

本稿は、ウェブサイトのメールマガジン「小学校教師用ニュースマガジン」
(管理者・蔵満逸司)の2008年1月7日号に掲載した文章です。2008
年(平成20)の年頭の掲載でしたので、新年の挨拶から始まっています。


      
新しい学習指導要領作成の審議経過


みなさま、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いしま
す。

新しい指導要領の発表が間近ですね。本年の早い時期に、新しい学習指導要
領が文部科学省から発表となることでしょう。
  現在、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会で、学習指導要
領の改訂に向けて審議を行っています。

  一昨日11月7日、教育課程部会においては、これまでの審議を「教育
課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」としてとりまとめて、決定・公
表しました。
  昨年末、渡海文部科学大臣から、新学習指導要領の実施時期についての
記者会見がありました。「 新しい学習指導要領に基づく教科書が全国の学
校で使われるようになるためには3年余り時間がかかるが、それまでの間に
先行して実施できるものについては、平成21年度から実施することとした
い。」という談話がありました。
  この渡海文部科学大臣からの発言について文部科学省が次のようなコメ
ントを付け加えました。「これまでの改訂の際と同様、教科書の編集・検
定・採択には3年程度の時間を要するため、小学校で新しい教科書を使って
教育が行われるのは平成23年度からが見込まれますが、平成20年度に新
しい学習指導要領について十分な周知を集中的に図った上で、平成21年度
から「移行措置」に入ることが考えられます。特に今回の改訂では授業時数
や教育内容を増加する教科がありますので、「移行措置」期間中に必要に応
じ内容を追加して指導することを検討する必要があり、大臣はその旨申し上
げたものであります。」と。

  新しい学習指導要領が発表された場合、こうした大臣発言を受けて、教
育現場ではかなりのスピードで新しい指導要領の内容の取り込みのカリキュ
ラム作り作業や取り入れ実践が行われるようになるでしょう。
  では、新しい学習指導要領の大きな改訂点はどんなことなのでしょう
か。いろいろあるでしょうが、国語科においては、社会問題ともなっている
成績ダウンのPISA結果による読解リテラシー(批判的思考能力やそのコメン
ト力、資料を利用し表現する力の育成など)が第一に考えられるでしょう。
さらに、これまでに学習指導要領の作成審議の経過を見ると、音読・暗誦、
対話・発表の能力の育成、古典(古文、漢文)の暗誦の重視などがあるよう
に予想できます。


        
予想される音読・暗誦の重視


  国語科教育では、新しい学習指導要領の改訂の目玉の一つとして、音
読、暗誦の重視、古典の暗誦の重視があるようです。それは、これまでの教
育課程作成部会の審議の経過から考えて導き出される内容です。
  これは従来までにはなかった新しい指導内容です。このことを、日付を
おって答申された審議の経過を順にみてみましょう。
  以下の文章は、新しい学習指導要領の審議経過の報告書から音読・朗読
・名文の暗誦暗記に関わる文章個所のみを抜粋引用しています。太文字や色
文字は目立たせるために荒木が付けています。

2004・2・3答申
文化審議会国語分科会「これからの時代に求められる国語力について」
の中に、下記のような記述があります。
古典(古文,漢文)の文章に親しむことができる
代表的な古典作品のリズムや響きなどを理解できる。
◎古典の
音読や暗唱を重視し,日本の伝統的な文化に親しむことができる。

2006・2・13中央教育審議会答申
中央教育審議会初等中等教育分科会・教育課程部会の「審議経過の報告」の
中に次のような記述があります。
音読、暗記・暗唱などの活動を適宜取り入れることが重要である。学習に
 関する基本的な能力を高め、その後の学習を効果的に進めることにつなが
 るとの意見も示されている。
◎小学校段階においては、読むことの力について体験的に身に付けるため
 に、
音読や朗読・暗唱が指導上有効であると考えられる。子どもが古典や
 名作に触れ我が国の言語文化に親しむ機会とすることも重要である。

2007・11・7答申
中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会・「教育課程部会における
これまでの審議のまとめ」の中に、次のような記述があります。
◎特に小学校の低・中学年において、漢字の読み書き、
音読や暗唱、対話、
 発表などにより基本的な国語の力を定着させる。また、
古典の暗唱などに
 より
言葉の美しさやリズムを体感させるとともに、発達の段階に応じて、
 記録、要約、説明、論述といった言語活動を行う能力を培う必要がある。


           
本稿の執筆予定


 つまり、 新しい学習指導要領の改訂の目玉の一つの「古典の暗誦」があ
るようです。
  これからは小学校の国語教科書にも、例えば童謡、明治の詩歌、平家物
語、方丈記、奥の細道、枕草子、百人一首、貧窮問答歌、漢詩、四書五経な
どの古文・漢文が掲載されて、子ども達にこれらを暗誦指導するようになる
のでしょう。
  かつて寺子屋には素読という指導があり、意味内容は指導せず、意味内
容は分からなくてもよい、リズム調子のよい文章をただひたすら暗誦させる
だけという指導がありました。新しい学習指導要領の「古典の暗誦」はこれ
ら昔の素読の復活となってしまうのでしょうか。
  わたしはこうした復活には慎重でなければならないと考えます。わけも
なく子ども達に暗誦を強制するだけの、子ども達に苦痛を与えるだけの指導
であってはいけないと考えます。
  それで、わたしは日本の教育史のおける「暗誦教育の歴史」を少しばか
り調べてみようと考えました。頭から暗誦を否定するのもよくありません
し、もろ手を挙げて暗誦を称揚し、徒競走みたく暗誦競争をさせてみたり、
宿題などで暗誦強要する指導はよくありません。それで過去の歴史から学
び、新しい暗誦指導のあり方を考えてみようと思いました。古い暗誦教育を
尋ねて新しい暗誦教育の方法をさぐってみたいと考えました。暗誦の教育史
的な回顧とか展望とかを書いてみみたいと思いました。興味のある方は、お
付き合いしていただけたらありがたいです。


            
審議の経過


2004・2・3文化審議会答申 
文化審議会国語分科会「これからの時代に求められる国語力について」の
「望ましい国語力の具体的な内容」の中に次のような記述があります。

(3)「読む力」について
1)論理的・説明的な文章において,的確に論理を読み取ることができる
・新聞や雑誌などを読んで情報を正確に理解できる。
・文章の構成や論理の展開に沿って,内容を読み取ることができる。
・事実や意見等を区別して読み取ることができる。
・課題解決のために必要な情報を収集し,情報を処理するための読み方がで
 きる。
2)文学的な文章において,気持ちや感情を十分に読み取ることができる
・様々な描写をとらえ,内容を的確に理解できる。
・登場人物に感情移入し,その心情を理解できる。
・比喩的,多義的,含意的な文章表現を読み味わうことができる。
・書き手の思考や心情などに迫ることができる。
3)
古典(古文,漢文)の文章に親しむことができる
代表的な古典作品のリズムや響きなどを理解できる。
古典の音読暗唱を重視し,日本の伝統的な文化に親しむことができる。


2006・2・13中央教育審議会答申
初等中等教育分科会・教育課程部会「審議経過の報告」より
「教育内容の改善の方向」の項目の中に次のような記述があります。

(基礎的・基本的な知識・技能を確実に定着させる)
◎ 教育課程部会や教育課程企画特別部会においては、例えば、「一定のこ
 とは
暗記反復により定着させるべきである」との意見に見られるよう
 に、「読み・書き・計算」などの基礎的・基本的な知識・技能の面につい
 ては、発達の段階に応じて徹底して習得させ、学習の基盤を構築していく
 ことが大切との意見が示された。
◎ 知識・技能のうちでも、特に、乗法九九や都道府県の位置と名称など
 は、実生活との関連においても、その後の学習の基盤としても重要な事項
 であり、基本的な意味を押さえた上で、
反復学習などの丁寧な繰り返し指
 導が有効である。
◎ また、
音読、暗記・暗唱などの活動を適宜取り入れることが重要であ
 る。学習に関する基本的な能力を高め、その後の学習を効果的に進めるこ
 とにつながるとの意見も示されている。

「国語力の改善」の項目の中に次のような記述がある。
◎ 小学校段階においては、読むことの力について体験的に身に付けるため
 に、
音読朗読・暗唱が指導上有効であると考えられる。子どもが古典や
 名作に触れ我が国の言語文化に親しむ機会とすることも重要である。


2007・11・7中央教育審議会答申
初等中等教育分科会教育課程部会
「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」より
「教育内容に関する主な改善事項」の中の「言語活動の充実」の中に次のよ
 うな記述があります。

◎ 各教科等における言語活動の充実は、今回の学習指導要領の改訂におい
 て各教科等を貫く重要な改善の視点である。
 それぞれの教科等で具体的にどのような言語活動に取り組むかは8.で示
 しているが、国語をはじめとする言語は、知的活動(論理や思考)だけで
 はなく、5.(7)の第一で示したとおり、コミュニケーションや感性・
 情緒の基盤でもある。
 このため、国語科において、これらの言語の果たす役割に応じ、的確に理
 解し、論理的に思考し表現する能力、互いの立場や考えを尊重して伝え合
 う能力を育成することや我が国の言語文化に触れて感性や情緒をはぐくむ
 ことを重視する。具体的には、特に小学校の低・中学年において、漢字の
 読み書き、
音読や暗唱、対話、発表などにより基本的な国語の力を定着さ
 せる。また、
古典の暗唱などにより言葉の美しさやリズムを体感させると
 ともに、発達の段階に応じて、記録、要約、説明、論述といった言語活動
 を行う能力を培う必要がある。


2008・1・17中央教育審議会答申
「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の
改善について(答申)

(2)伝統や文化に関する教育の充実
◎国際社会で活躍する日本人の育成を図る上で、我が国や郷土の伝統や文化
 を受け止め、そのよさを継承・発展させるための教育を充実することが必
 要である。世界に貢献するものとして自らの国や郷土の伝統や文化につい
 ての理解を深め尊重する態度を身につけてこそ、グローバル化社会の中で
 自分とは異なる文化や歴史に敬意を払い、これらに立脚する人々と共存す
 ることができる。
 また、伝統や文化についての深い理解は、他者や社会との関係だけでな
 く、自己と対話しながら自分を深めていく上でも極めて重要である。
◎このため、伝統や文化の理解についても、発達の段階を踏まえ、各教科で
 積極的に指導がなされるよう充実することが必要である。
  まず、国語は、長い歴史の中で形成されてきた我が国の文化の基盤をな
 すものであり、また文化そのものである。国語の一つ一つの言葉には、我
 が国の先人の情感や感動が集積されており、伝統的な文化を理解・継承
 し、新しい文化を創造・発展させるためには、国語は欠くことのできない
 ものである。
  このような観点から、具体的には8、で示すが、(1)で示したとおり
 国語科では、小学校低・中学年から、
古典などの暗唱により言葉の美しさ
 
やリズムを体感させた上で、我が国において長く親しまれている和歌・物
 語・俳諧、漢詩・漢文などの古典や物語、詩、伝記、民話などの近代以降
 の作品に触れ、理解を深めることが重要である。
(2)国語・改善の基本方針
◎古典の指導については、我が国の言語文化を享受し、継承・発展させるた
 め、生涯にわたって古典に親しむ態度を育成する指導を重視する。
小学校 
  言語文化としての古典に親しむ態度を育成する指導については、易しい
  古文や漢詩・漢文について
音読や暗唱を重視する。
中学校
  古典の指導については、言語の歴史や、作品の時代的・文化的背景とも
  関連づけながら、古典に一層親しむ態度を育成することを重視する。


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