読授業を創る  そのA面とB面と       07・12・15記




  「出発」の音読授業をデザインする




●詩「出発」(井上靖)の掲載教科書…………………………………大書6上



             出発
                 井上 靖

     ぼくは
     マラソン競走で
     白いスタートラインにならぶ時がすきだ。
     軽く腰をうかせ
     きっと遠い前方の山をうかがう
     あの瞬間のびんと張った気持ちが好きだ。
     やがて笛は鳴りひびくだろう。
     ぼくたちはかけ出す。
     校庭を一周し、町をぬけ、村を通り、おかをこえる。
     友をぬいたり
     友にぬかれたりする。
     みなぎってくる
     いろいろの思いをしずかにおさえて
     友と友の間にはさまれて
     先生の笛の合図をまっている
     あのふしぎにしずかで、ゆたかな、出発の時がすきだ。


         
作者(井上靖)について


  北海道旭川に生まれる。明治40年(1907)〜平成3年(199
1)。小説家。詩人。
  父が軍医で任地を転転としたため、幼少期は父の故郷伊豆湯ヶ島で過
ごす。昭和2年、金沢の第四高等学校に入学。家業の医学を修めるつもり
であったが、柔道部に入り、明けても暮れても道場に通う。三年の時、ゆ
えあって柔道部を退部したが、医学に進む気はなく、一時離れていた文学
に再び帰る。
  昭和5年、家族の期待に反して九州帝大法学部に入学。二年後に京都帝
大哲学科に入学し、美学を専攻し、卒業する。毎日新聞社に入社、「サン
デー毎日」編集部勤務となる。昭和24年発表「闘牛」が芥川賞を受賞す
る。それを期に、多忙な作家生活に入る。
  昭和39年、日本芸術院会員となる。51年、文化勲章を受章する。
  主な小説に「あすなろ物語」「しろばんば」「敦煌」「蒼き狼」「氷
壁」「孔子」など多数。
  詩集に「北国」「地中海」「運河」「遠征路」「傍観者」「春を呼ぶ」
「井上靖全詩集」など。


            
教材分析


  一読しての感想はこうです。
  マラソン競走でスタートラインに立って身構えている時のことを、的確
な言葉表現を使って、美的な詩表現にしていることに驚かされました。子ど
も達に、もし自分が同じ状況(マラソンでスタートラインに立つ)だった
ら、自分はどんな文章(詩)表現にするか、この詩を与える前に書かせてみ
たらどうだろう、と考えました。待機している気持ちを書かせたあとでこの
詩を見せたら、子ども達は、この詩のすごさ・表現力のすばらしさに改めて
気づくことでしょう、わたしと同じに驚かされることでしょう、と思いまし
た。

  文末に「好きだ」が三つあります。「スタートラインに立つことが……
好きだ」という三区分の印象が残るような音声表現にするとよいでしょう。

(1)白いスタートラインにならぶ時が好きだ。
(2)あの瞬間のぴんと張った気持ちが好きだ。
(3)あのふしぎにしずかで、ゆたかな、出発の時が好きだ。

(1)は、「白いスタートラインにならぶ時」が「好きだ」です。
(2)は、スタートラインにならんでいる緊張感が「好きだ」です。
(3)は、「あのふしぎにしずかで、ゆたかな、出発の時が好きだ」です。

(1)は、「白いスタートラインにならぶ時」だけでなく、一行目の「ぼく
は」から二行目の「マラソン競走で」を含めて、三行目までの事柄をまとめ
て「好きだ」と言っています。
(2)は、四行目の「かるく腰をうかせ」から五行目の「きっと遠い前方の
山をうかがう」を含めて、四行目から六行目までの事柄をまとめて「好き
だ」と言っています。
(3)は、七行目の「やがて笛は鳴りひびくだろう」から16行目の最後ま
での事柄をまとめて「好きだ」と言っています。

(3)では、スタートラインにならぶ時の緊張感だけでなく、「あのふしぎ
にしずかで、ゆたかな、」時間が「好きだ」と言っています。
  「ゆたかな」とは何でしょう。「物事をやり始める時のスタート時の緊
張感だけが好きなのではないようです。やろうとする強い意志や決意、「や
り遂げてみせるぞ、達成してやるぞ」という強い意欲や決意やその充実し
た・はりつめた快感のことでしょう。
  スタートラインに立つ自分の気持ちを冷静に余裕をもってみています。
スタート時を楽しんでいます。余裕を持ってスタート時を楽しんでいます。
がむしゃらでない、緊張感ぴりぴりだけでない、あわててない、心に余裕を
もっている、楽しんでいる、スタートの時間を楽しんでいる、そんなスター
ト時の余裕のある少年の姿がみえます。

  この詩「出発」は、六年生国語教科書(上)の4月教材の冒頭におかれ
ている詩です。この詩を読む子ども達は、マラソンのスタートラインの状況
心理だけではなく、それがメインなのでしょうが、それだけでなく、小学校
の最後の学年のスタートに当たっての心構え作り、あるいは最高学年として
下級生の模範行動を要求される、そのスタートラインに立っている自分達の
心構えや自覚作りとしても読みとることができるでしょう。
  5行目にある「前方の山」とは、実物「山」だけではなく、物事をやり
始めるスタート時の「目標、目的、ねらい」と読みとることもできます。
  5年生の時のふわふわした気持ちを引きずっていてはいけない、心機一
転、6年生の出発時に気持ちを入れ換えて、新しい目標を決めて、新しい決
意で自覚的に行動すべきことが求められています。この詩を学習すること
で、小学校の最高学年としての、こうしたスタート時の自覚と決意と改めて
考えさせるきっかけになればいいですね。


           
音声表現のしかた


  各行末で軽く間をあけることは重要ですが、間をあけつつも、意味内容
のひとつながりを意識して、それらはひとまとまりになるように音声表現し
ていきましょう。
  意味内容では、
  1行目から3行目までがひとつながりです。
  4行目から6行目までがひとつながりです。
  7行目、8行目、9行目はそれぞれ独立しています。
  10行目と11行目とは、組になってひとつながりです。
  12行目から16行目までがひとつながりです。
  各行末で軽く間をあけて区切りつつも、意味内容のひとつながりは、ひ
とまとまりになるように音声表現していきます。
  この詩全体では、マラソンのスタート時が好きだ、これこれの事柄があ
るから好きだ、好きだ、と言っています。ですから、好きだ、という強い気
持ちを前面に押し立てて音声表現することが必要です。強い意志や決意をこ
めた声立てにして、自信たっぷり、やる気満々で、楽しんでいる気持ちをこ
めて音声表現していきましょう。明るい晴れやかな気持ちで、好きだなあ、
楽しいなあ、という気持ちで音声表現していくとよいでしょう。


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