音読授業を創る そのA面とB面と   06・5・26記




「野のまつり」の音読授業をデザインする




●「野のまつり」(新川和江)の掲載教科書……………………東書6上



         野のまつり
               新川和江

      空いろのスカートをはいた少女たちが
      ひろい野原でステップをふむ
      すると その足もとから
      ぐん!
      と芽を出す春の草
      おさげがぷらんぷらんゆれるたびに
      その先から
      うまれてとび立つ春の蝶

      こんどは森でかくれんぼ
      少女たちは いっぽんいっぽん木のかげに
      いそいでかくれて クスクス笑いをかみしめる
      するとみるまに
      木はしなやかな枝葉をのばして
      やさしく少女をかくまってしまう

      遠くの方から
      なにやら聞こえるさざめきに
      ひとびとが さそい合わせていってみると
      野も森も
      いちめんみどりにぬりかえられて
      少女のすがたは ひとりも見えない



           
作者について


  新川和江(しんかわ・かずえ)。詩人。192年茨城県結城郡生まれ。
  結城高女卒。女学校在学中から西条八十に師事。戦後、東京に移住し、
同人雑誌に加わって作品を発表する一方、児童雑誌に子どもの詩を書く。
学習雑誌、少女雑誌などにも詩や小説を執筆する。
  1983年、吉原幸子とともに季刊雑誌「ラ・メール」を創刊する。
  現代詩人賞、藤村記念歴程賞。日本童謡賞など多くの賞を受賞する。
「青い鳥」「明日のりんご」「絵本・永遠」「夢のうちそと」「ナイチンゲ
ール」「ひみつの花園」「ローマの秋」など。「野のまつり」葉祥明絵、教
育出版センター、1978。


                     
指導の手順


  詩の指導手順(指導過程)については、本ホームページの「5年生教材
の音読授業をデザインする」の「晴間」などの詩で、詩の一般的な指導過程
や指導方法が書いてあります。それらを参考にあなたの学級児童に適応した
やり方でご指導ください。
  ここでは、指導過程の丁寧かつ詳細な記述は省略し、詩「野のまつり」
の指導で重点となる指導事項や配慮すべき事柄にしぼって書くことにし
ます。


           
 書きこみ


  詩の指導方法には、一連ごとその都度で書きこみ・話し合いを終わらせ
ていく指導、つまり、第一連の「書きこみ・話し合い」→第二連の「書きこ
み・話し合い」→第三連の「書きこみ・話し合い」という指導を繰り返して
いく方法があります。もう一つは、詩全体をすべて対象に、書きこみ・話し
合いをしていく指導方法があります。この詩の場合には、この詩全体(全三
連)を同時に、一緒に「書きこみ・話し合い」をしていく指導方法がよいで
しょう。その理由は、次節「話し合い」の項目をお読みいただくとご理解い
ただけます。
  まず、書きこみの指導です。この詩全体を、じっくりと黙読させます。
音読したくなったら、微音読で口を動かしつつ脳中に表象を浮かべながら音
声による解釈深めをしていくようにさせます。
  この詩を読んで、分ったこと、気づいたこと、思ったこと、様子で分っ
てきたこと、気持ちで分ってきたこと、どうも分らないところ、あやふやに
しか・ほんの少ししか分らないところ、疑問・質問のあるところ、みんなに
聞きたいところ、などを鉛筆で行間に、小さく・メモして、つまり、書き込
みをしていくようにします。


            
話し合い


  児童一人一人から書きこみした内容を発表させます。一つの発表がされ
たら、それについて全員で付け加え、関係づけをしながら話し合いをつな
げて、深めていくようにします。
  分らないところ、疑問・質問はあとまわしにします。
  はじめは、分かってきたこと、気づいてきたこと、思ったこと、浮かん
できたこと、多分こうではないかと予想したことなどを発表させます。
  これらを、全員で付け足しながら内容深めの話し合いをしていくと、は
じめの疑問や質問の大多数はしぜんと氷解していくようになります。どうし
ても分らないことは、話し合いの最後に出させます。

  この詩の内容把握には、各連ごとに順繰りに「書きこみ・話し合い」を
繰り返しては、非能率のように思われます。全詩(全三連)を同時に、一緒
に「書きこみ・話し合い」をやる授業のほうが速く内容把握ができるように
思われます。
  その理由は、第一連から、第二連へ、そして第三連へ、書かれている内
容(事柄)が時間的経過につれて変化しています。どう変化しているか。こ
の変化(移り変わり、移り行き)に目をつけ、そこに焦点をすえて内容把握
をしていくと、この詩の内容理解が容易にできそうだからです。

●この詩を読んで(書きこみして)気づいたこと、分ってきたことを発表し
ましょう。

予想される発表内容

○各連に「少女」が登場している。
○少女の様子(行動)が変化している。
○草木の様子も変化している。
○「少女とは何だろうか。
○題名についてのまとめの話し合いをする。

◎「少女の様子」が変化している。

【第1連】空いろのスカートをはいた少女たちが広い野原でステップをふん
     でいる。おさげがぷらぷらんゆれている。
【第2連】少女たちはかくれんぼ。木のかげにかくれて、クスクス笑いをか
     みしめる。
【第3連】少女の姿は、ひとりも見えない。

◎「草木の様子」も変化している。

【第1連】芽を出す春の草。うまれてとび立つ春の蝶。
【第2連】木はしなやかな枝葉をのばす。そして少女をかくまう。
【第3連】野も森も、いちめんみどりにぬりかえられている。

◎「少女」とは何だろうか。

○一連と二連には、現実の人間のように書いてある。
○三連には、架空の人間のように書いてある。
○少女とは、「春」ではないか。そのように読める。
○「春」とは、「春の訪れ」のことのようだ。春を引っ張ってくる人。春
 の引率役。春の案内役。春の運び人、春連れ人、そんな役割をしているみ
 たいだ。
○一連には「芽を出す春の草」とあり、二連には「木はしなやかな枝葉をの
 ばして、かくれんぼしている少女たちをかくしてしまう」とあり、三連は
 「いちめん緑に塗り替えられて」とあり、だんだんと緑が濃くなってい
 る。春が深まっている。春の変化・進行がみられる。
○一連は4月、二連は5月、三連は6月ではないか。いや、一連は早春、二
 連は盛春?・真春?、三連は晩春ではないか。いや、一連は「芽を出す」
 だから3月の終わり頃ではないか。
 三連は「いちめん緑に塗り替えられる」だから5月ではないか。三連に
 「少女は消えた」だから、少女とは「早春の訪れ」のことではないか。
  いずれにせよ、日本という国は南北に長いから、こうだと決められない
  のではないか。
○この詩は、いろいろと解釈ができるところがおもしろい。いろいろな解釈
 があってよい。
○少女とは、冷たい風から生暖かい風へ、「風」「春の風」とも読める。
 同じようにして少女とは、「春の匂」「春の色」「春の光」「春の温
 度」などとも読める。これらを当てはめていっても、ちゃんと読めて、
 意味が通ずる。

おわりに、題名に戻って「野のまつり」について話し合う。
○「まつり」とは、お祭りのこと、生き生きして楽しいお祭り、心が弾むこ
 と、一人だけでなく、みんな・集団・町や村の人たち全員の楽しみ、
 「野」とは「野原」のことで、野原の草木が春になって芽吹いてきて、
 芽吹いた命たちが楽しく踊っている。春になり、新しく命が芽吹いて躍動
 する、春の賛歌の詩だ。


           
音声表現のしかた


  詩によくみられる省略され凝縮された表現が少ない。ふつうの文章として
すんなり読める。だからといって普通の文章としてずらずら読んでしまって
は詩としての特徴や魅力をなくした音声表現になってしまう。
 次に、間の取り方や音声表情のつけかたについて簡単に書きます。

【第一連】
  
 空いろのスカートをはいた(ちょっとの間)少女たちが(ちょっとの間)
 ひろい野原で(ちょっとの間)ステップをふむ(やや長い間)
 すると(間をあけないで、つづける)その足もとから(ちょっとの間)
 ぐん!(やや長い間)
 と(ちょっとの間)芽を出す春の草(やや長い間)
 おさげがぷらんぷらんゆれるたびに(ちょっとの間)
 その先から(ちょっとの間)
 うまれてとび立つ(ちょっとの間)春の蝶(たっぷりとした長い間)

【少女たちが、ステップをふむ】のつながりをこわさないで読む。
【少女たちが、ふむ】を目立たせて強く読む。
【ぐん!】も目立たせて、強調して読む。
【芽を出す春の草】明るくさわやかに読む。
【ぷらんぷらん】左右にふれる感じを声に出して読むとよい。
【生まれて飛び立つ春の蝶】明るく楽しくさわやかに読む。


【第二連】

 こんどは(ちょっとの間)森でかくれんぼ(やや長めの間)
 少女たちは(ちょっとの間)いっぽんいっぽん木のかげに(「木のかげに
いそいでかくれて」とすぐつづけて読む)
 いそいでかくれて(ちょっとの間)クスクス笑いをかみしめる(やや長い
 間)
 するとみるまに(早口に読んで、目立たせる。かるく間をあける)
 木はしなやかな枝葉をのばして(ちょっとの間)
 やさしく(ちょっとの間)少女を(ちょっとの間)かくまってしまう
(たっぷりとした間)

【かくれんぼ】「か・く・れ・ん・ぼ・」明るく楽しい感じで切って読む。
【いっぽんいっぽん】「いっ・ぽん・いっ・ぽん・」切って読んで強調す
           る。
【しなやかな枝葉をのばして】明るく軽快に読む。
【やさしく……かくまう】やさしく、やわらかく読む。


【第三連】

 遠くの方から(ちょっとの間)
 なにやら聞こえるさざめきに(やや長めの間)
 ひとびとが(間をあけないで、つづける)さそい合わせていってみると
(たっぷりとした間)
 野も森も(ちょっとの間)
 いちめんみどりにぬりかえられて(ちょっとの間)
 少女のすがたは(ちょっとの間)ひとりも見えない(たっぷりとした長い
 間)

【さざめきに……さそいあわせていってみる】語句のひとつながりの組み合
                     わせを目立たせて読む。
【野も森も】「野も・森も・」と切り、ふたつの「も」を強めに読む。
【いちめん・みどりに・ぬりかえられて】中間をほんの軽く区切り、三つの
                   語句を目立たせて読む。
【少女のすがたは・ひとりも見えない】ひそやかに、そっと、ゆっくりと読
                  む。



            
参考資料(1)


  小海永二(横浜国大教授)さんは、この詩について次のように書いてい
ます。小海さんは、「少女たち」=「春の妖精」という解釈をしています。
これは、おもしろいです。こういう解釈もできますね。


  新川和江は、おとなの読者向けの現代詩のほかに、小中学生のみなさん
に読んでもらうための「少年詩」をたくさん書いています。「野のまつり」
は、彼女の少年詩の中の代表的な一編ですが、豊かな詩的雰囲気を持つ、優
れた作品です。
  読んでいくにつれて、心が軽くはずむような明るい楽しさとともに、し
だいに不思議な気分にさそわれていくでしょう。「空色のスカートをはいた
少女たち」が広い野原でステップをふむと、足元から「ぐん!」と春の草が
芽をだしたり、おさげにしたかみの毛がぷらんぷらんとゆれるたびに、その
先から春のちょうが生まれて飛び立ったり(第一連)、少女たちが森でかく
れんぼをして木のかげにかくれると、木がみるまにしなやかな枝葉をのばし
て優しく少女をかくまったり(第二連)、遠くのほうから聞こえるさざめき
に、少女たちは何をしているのだろうと好奇心にさそわれて人びとが行って
みると、野も森も一面緑にぬりかえられていて、少女の姿はひとりも見えな
かったり(第三連)するのですから、童話かおとぎ話でも読んでいるみたい
です。
  そうです。みなさんももう気づいているように、この少女たちは人間の
少女たちではなく、「春の精」なのです。そうにちがいありません。「春の
精」だから、彼女たちが野原でステップをふむと、春の草が芽を出し、おさ
げの先から春のちょうが生まれるのでしょう。彼女たちが森で木のかげにか
くれると、木が緑の枝葉をのばすのでしょう。そうして、野や森が緑一面に
ぬりかえられると、「春の精」たちの「野のまつり」は終わりを告げ、仕事
を終えた彼女たちは、どこかに去ってしまうのでしょう。彼女たちがいなく
なると、もう夏は間近かです。

   小海永二著『ジュニア版 目で見る日本の詩歌13』(ティピーエス・ブ
リタニカ刊)1982年。86ぺより引用。



            
参考資料(2)


  高田敏子(詩人)さんは、この詩について次のように書いています。


  童画を見るようなたのしい詩です。
  空色のスカートをはいた少女たちとは、なんでしょうか。それは春風と
いうことでしょうけれど、そうしたことを一つ一つ説明してしまうと、つま
らなくなります。
  この詩のたのしさは、よむ人がそれぞれ、自由に明るい春のイメージを
えがくところにあります。

  高田敏子『詩の世界』(ポプラ社)1996年。218ぺより引用。


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