音読授業を創る  そのA面とB面と      07・4・2記
    



 
 「美月の夢」の音読授業をデザインする


               

●長崎夏海「美月の夢」の掲載教科書………………………………教出6上



         
作者(長崎夏海)について


  1961年、東京生まれ。都立城北高校卒業。「季節の風」同人。日本
児童文学者協会会員。「トゥンクル」で日本児童文学者協会賞受賞。
主な作品「ポケットタイガー」「青い惑星」「あかいきりん」「空にふく
風」「だいあもんど」「夏の鼓動」など。

長崎夏海さんのブログ「沖永良部の風」
ご本人の言葉「童話作家の長崎夏海です。2006年9月2日より夫婦で南の島、
沖永良部に移住することになりました。南の島での生活・出来事・海の
様子など、気まぐれに伝えていきたいと思います。」
        http://blog.livedoor.jp/okierabu1/



            
教材の分析


  教材文「美月の夢」は、六年生の国語教科書の初出教材として提出され
ています。六年生になって初めて学習する国語教材(教出版)です。
  子ども達は六年生になったばかりです。小学校の最高学年として不安と
期待に胸をふくらませていることでしょう。六年生という最高学年ですか
ら、これまでのようにただ漫然と学校生活を送っていることはできません。
最高学年としてのリーダー性、低学年のお世話や模範となる行動が求めら
れ、自覚的な実践的行動をしていかなけらばなりません。担任教師からはじ
めての出会いでそう教えられていることでしょう。
  もうすぐ、中学校へも進学します。自分は将来、どういう方面に進みた
いか、どんか職業についたらよいか、こうした自分の将来設計について考え
ることも必要になってきています。自分の将来設計についての自覚を持たせ
る指導も必要になります。

  日本は高齢化社会に入っているといわれています。2020年には4人
に1人が60歳以上の年齢構成になるだろうと言われています。
  教材文「美月の夢」は、高齢者たちとの心温まる触れ合いをも描いた物
語内容です。高齢者とのふれあいを通して自分の将来設計を考えていくとい
う物語で、現在の日本社会の時代要請にかなった物語内容になっています。
現在の子ども達をとりまく現状にふさわしい教材内容であるといえましょ
う。
  この物語の学習をとおして、子ども達一人ひとりが高齢化社会の中で自分
がどう行動していけばよいかについて考えるきっかけを与えるようにもなれ
ばうれしいです。

  教科書には、本教材文の直後にある「てびき」に、次のような設問が書
いてあります。有効な設問だと考えます。

【設問1】
  登場人物の心情を思いうかべながら、次の点に注意して、「美月」の夢
について話し合いましょう。
  ○初めに「美月」が考えた夢。
  ○夢についての友達の考え。
  ○沼田さんとのはがきのやりとり。
  ○美月の考えの変化。
【設問2】
  思いえがいた情景や気持ちがほかの人に伝わるように、音読してみま
しょう。

 設問1は、この作品をただ漫然とストーリーの流れを読み取るだけでな
く、主人公・美月の気持ちがどう変化していったのか、何故にそのように変
化していったのか、ストーリーの展開を分析的に論理的に読みとる設問内容
です。この設問は、この教材読解では必要最少限に要求される読みとり内容
だと言えます。
  六年生児童は、大多数が自分の将来設計を明確に自覚している子どもは
ごく少数だと考えられます。こうした内容の物語りに触れることによって、
自分の将来について考えをめぐらし、これを機会にそれを自覚していく発展
へと結びつく授業にしていきたいものです。
  また、高齢化社会に入りつつある日本社会においては、この教材の学習
を機会に、高齢者との心温かな触れ合いにも思いをめぐらし、自覚的な行動
をしていく芽(動機づけ、行動のきっかけ)の育成にもなってほしいものだ
と考えます。
  設問2は、「情景や気持ちがほかの人に伝わるように音読してみよう」
です。音読指導の重要さを「手引き」で指示しています。「みなさん、音読
しよう」と子ども達に誘いかけています。いいですね。大賛成です。



           
音声表現のしかた


弱められている三人称主観

  美月が沼田さんに初めてはがきを出したのは小学一年生の時であると書
いてあります。だが、美月は現在、6年生であるとは書いていません。しか
し、この物語を与えられた6年生児童達は、美月は自分と同じ6年生である
と受けとめて読み進めていくことでしょう。この物語世界における美月の物
の見方や考え方が小学6年生の心理と近似しているからです。6年生児童達
は、美月の立場にたって、美月の気持ちに入り込んで、美月に感情移入をし
て読み進めていくことでしょう。
  物語「美月の夢」は、総体として美月の目や気持ちに同化した描写文と
なっています。ところどころに「美月は、こうした。美月は、こう考えた。
美月には、こう見えた。」という、「美月」が主語となっている地の文があ
ります。「わたしは、……」でなく、「美月は、……」という主語「美月
は」で始まる地の文もあります。
  これらは三人称主観の地の文です。読み手は美月を対象人物として目で
見ながらも、半分は美月の気持ちになって(入り込みつつ)読み進めていく
書かれ方の地の文です。これら三人称主観の地の文の前後には、これをはさ
みこんでいる一人称の地の文があります。
  つまり「わたし」(一人称。美月のこと)の立場からの、美月の主観的
な語りの地の文です。前後ではさみこむ一人称主観の地の文は気づきのひと
り言も含んでいるので、とても主観性が強くて、「わたし」の語り性・「わ
たし」の独話性や説明の話しぶりが強すぎ、三人称性の地の文を弱めていま
す、押しやっています。三人称主観を、一人称主観が征服し屈服させてしま
っている地の文といってもよいかもしれません。
  三人称主観の地の文は、二人羽織のように動作主が二人おって、語り手
とわたし(美月)との二人の声がきわどく重なり、きわどく離れている地の
文です。この物語「美月の夢」は、全体が「わたし」(美月)の目や気持ち
に近づいていますので、「わたし」(美月)になって音声表現していくとよ
いでしょう。
  子どもが自分のことを指して「わたしは、……」「ぼくは、……」と言
うべきところを、「えりちゃん、これ、食べたい。」とか「翔太、このまん
が本、もう、読んじゃった。」とかの話し方をすることがあります。こうし
た子ども達が日常生活で話している特殊なしゃべり方に似た書かれ方の地の
文になっています。
  誤解があることを承知で書けば、「美月の夢」における主語「美月
は、……」の語り口もこれと同じ性質のものです。美月自身が自分を指して
主語「美月は、……」という特殊な話し方になっていると考えて、この物語
を読み進めていってもよい書かれ方になっています。
  ですから、物語「美月の夢」の全体の語り口は、美月の目になって、美
月の気持ちになって、主語「美月は」を「わたしは」と同じものとして、そ
のように入れ替えて読み進めていってもよい音声表現のしかたになっていま
す。

誰の、どのような声があるか

  教材文「美月の夢」から、誰の、どのような声が聞こえてくるかを調べ
てみましょう。誰の声かが分れば、その人物の声で音声表現すればよいわけ
ですし、どのような声かが分れば、そのような話しぶりや音調で音声表現す
ればよいわけです。
  次の人物の声が聞こえてきます。
   (1)美月の声
   (2)沼田さんの声
   (3)桜林園の園長さんの声
   (4)桜林園の複数の人たちの声
   (5)ヒロの声
   (6)翔太の声
   (7)先生の声
  説明の都合上、説明が簡単に済ませる人物から解説していくことにしま
しょう。説明の順序を逆にして(7)から(1)へと戻っていくことにしま
す。

  (7)先生の声
  ≪桜林園のおじいちゃんやおばあちゃんにはがきを書いてみるのもいい
ですね。≫
  地の文の中にはさみこまれた会話文です。改行・独立の通常な会話文の
記述のしかたではありません。地の文の中の説明や解説としての会話文の引
用ですので、あまりにも会話口調を出しすぎた音声表現はふさわしくありま
せん。
  地の文の流れの中でそれとない会話口調で、少しばかりの会話口調を
くわえて音声表現するぐらいでよいでしょう。
  先生が直接に子ども達に向かって語っている音調にしてもよいですし、
先生の話しぶりを模倣した美月の語り口としての音調で音声表現してもかま
いません。どちらに重点を置いた音声表現でもいいです。

  (6)翔太の声と、(5)ヒロの声
  ヒロと翔太との会話文は連続しております。ここの連続部分だけの範囲
をとりだして、児童に配役を決めた役割音読させるといいでしょう。
  ここの会話文の連続は演劇の台詞のように子どもの会話文のリアルな話
しぶりの書かれ方になっています。子ども達の日常の話しぶりと同じですの
で、容易にぴったりした話しぶりの音声表現で音読することができるでしょ
う。授業中の作文の記述中という二人の語り合いです。大きな声でなく、小
さな声で、ささやいている対話の語しぶりにして音読しましょう。

  (4)桜林園の複数の人たちの声
  ≪ここのくらしは、たのしいですよ。みづきちゃんも、たくさんあそん
で、たくさんべんきょうしてください。≫
  差出人は養老院のおじいちゃん、おばあちゃんたちです。数人から来た
返事を集約した公約数的な内容記述の文章です。1年生児童へ向けた平仮名
だけの文章です。
  老人だからといって、しわがれた作り声は必要ありません。ひとつひと
つの言葉をはっきりと、ポツリポツリとゆっくりと音声表現していけばお年
寄りの雰囲気がでるでしょう。養老院のみなさんの文章内容を集約した公約
数的な声ですから、たっぷりした感情の思い入れの音声表現にはしなくても
いいでしょう。お年寄りのみなさんの愛情がこもった話しぶりにして音声表
現するとよいでしょう。

  (3)桜林園の園長さんの声
  ≪何年か前のある日、沼田さんに「クッキーの空きかんをくれ。」と言
われました。沼田さんからたのまれごとをしたのは初めてでしたので、おど
ろいたのを覚えています。(以下省略)≫
  手紙の差出人は、養老院の園長さんです。多分、年配者でしょうから、
急がずに、ゆっくりとした音調で、意味内容のひとまとまりで区切って、分
りやすい話し方で音声表現するようにします。
  手紙文の読み方は、(7)の先生の声と同じに、直接の園長さんの声で
の語り音調にして音声表現してもよいですし、園長さんの語りを模倣した美
月の声での語り音調にして音声表現してもよいです。

  (2)沼田さんの声
  ≪楽あれば苦あり、それが人生。美月さんは、富士山のように大きく、
たおやかな人になるでしょう。≫
  はがきの差出人は養老院にいるお年寄りのひとりの男性です。お年寄り
の声(語り)ですから、早口でなく、ゆっくりと、意味内容をかみしめなが
ら、ポツリポツリと音声表現するぐらいでとよいでしょう。沼田さんの語り
音調にして読む場合は、美月にとどける気持ちをこめて音声表現します。美
月がはがきを読んでいる読み声にして音声表現する場合は、意味内容が難
解ですぐには理解できないでしょうから、「らく、あ、り、く、あ、り。
そ、れ、が、じん、せい。」みたいに考え考えしながらひとつひとつの言葉
の意味を手繰り寄せ、かみしめているような読み声にしてに音声表現するの
がよいでしょう。

  (1)美月の声
   「美月の声」については少しばかりこみいったところがあるので、下記
に「美月の夢」の冒頭部分を段落ごとに番号をつけた本文を引用しながら説
明していくことにします。
  下記の引用個所を含めて物語「美月の夢」全体からは、いろいろな美月
の声が聞こえてきます。いろいろな美月の声を類別して、それらを読み分け
て音声表現していかなければなりません。


(1)──将来の夢。
(2)美月は、黒板に書いてある作文のタイトルをむねの中でつぶやいた。
(3)──夢、かあ。
(4)行ってみたい所なら、たくさんある。サバンナ、砂漠、白夜の街。見
  たいものは、オーロラ、ピラミッド、海の中の青の世界。そして野生の
  動物……。
(5)窓から入ってきた風が、作文用紙をひらりとめくった。外は、いい天
  気。だれもいない校庭に春の光が降り注いでいる。
(6)美月は、地平線まで続く草原に立っている自分の姿を想像した。大き
  な空の下を、思いきり走る。風が、体の形をとらえて流れていく。聞こ
  えるのは、風と自分の鼓動だけ……。
(7)ぼうっとしていたら、とつぜん声が飛びこんできた。後ろの席のヒロ
  の声だ。
(8)「それ、夢って言わないぜ。」
(9)美月はぎくっとした。自分のことを言われたのかと思ったからだ。
  でも、すぐにヒロのとなりの翔太が答えた。
(10)「なんで? だって、ほんとに百メートル泳げるようになりたい
  んだよ。」

(1)と(3)とは、美月の全くのひとり言です。──の引いてある文章
は、すべて美月の心の中でのつぶやき言葉です。頭の中にポツリと浮かんで
きた考え言葉、心内語です。そっと、小さな声で、ささやき声で、つぶやい
ているように音声表現すべきです。

(4)は(3)の継続なのでしょうか。そうとも考えられます。そうなら
ば(3)のつぶやき声の続きにして音声表現していくべきでしょう。
 わたしはちょっと違うようにも思えます。(4)は、つぶやきというよ
り、(3)をつぶやいた後で、美月の意識はかなりはっきりとしてきてい
て、夢と「行ってみたいところ」と結びつけて、その場所はコレとコレだ
と、明確な意識で分析的に論理的に例示しながら語っている美月の語りだ
と考えます。それならば美月が思いをつむぎだしながら語っているように、
声は普通の大きさで、断言した話しぶりの音声表現にしてよいでしょう。
  これは解釈の違いですから、どちらが正しいとか間違いだとかいうこと
ではありません。
 つまり、(1)と(3)は美月のひとり言であり、(4)は美月の語りだ
と考えます。(4)と同じ性格の地の文は(5)もそうです。(7)もそう
です。
  (4)・(5)・(7)は、「一人称主観」の地の文で、美月の語りと
して、美月が語っている美月の声として、つぶやき声でなく、普通の声の大
きさで、その文脈での美月の気持ちになって、その気持ちを押し出して音声
表現していけばよい、これが荒木の今のところの音声表現のしかたです。

 (8)はヒロの声です。(10)は翔太の声です。これについては前述し
ましたので、ここには書きません。

(2)・(6)・(9)は、「美月は……」で始まっています。これらは
「三人称主観」の地の文です。語り手が語っている(説明し、解説し、描写
している)語り手の声として音声表現すべき性質のものです。
 しかし、物語「美月の夢」では、これら三人称主観の地の文は数としては
ごくわずかで、美月のひとり言や美月の語り(一人称主観)の地の文の中に
挟みこまれており、この物語を貫く全体としては一人称「わたし」の語り性
が強く、三人称の主観性は弱められ薄められております。
 たとえば、(6)〜(9)までに一人称「わたし」を挿入して読み進めて
みましょう。下記のように「わたし」を挿入して音声表現してみると何の違
和感もなくすんなりと読み進めていくことができます。

(6)美月【わたし】は、地平線まで続く草原に立っている自分の姿を想像
  した。大きな空の下を、思いきり走る。風が、体の形をとらえて流れて
  いく。聞こえるのは、風の音と自分の鼓動だ。
(7)【わたしが】ぼうっとしていたら、とつぜん声が飛びこんできた。後
  ろの席のヒロの声だ。
(8)「それ、夢って言わないぜ。」
(9)美月【わたし】はぎくっとした。自分のことを言われたのかと思った
  からだ。でも、すぐにヒロのとなりの翔太が答えた。

  物語「美月の夢」は、冒頭から終末まで一貫して三人称主観の地の文で
書かれてはいません。語り手は第一文で美月という三人称を登場させて他人
事のように美月の行動を語りだしてはいますが、それにつづく二文、三文に
なると「美月は……」が「わたしは……」に取って代わって、「わたし」の
実存(現在のありあり)の心理感情として語りだすような書かれ方になって
います。「わたし」(自分)の生ける現在の躍動する時間の中に身を置いて
の語り方へと移行した書かれ方になっています。ハイデガーの言い方を借り
れば、被投的な在り方から企投的な在り方へと語りの仕方を変更して語りだ
しています。
  わたしは先にこの物語全体は一人称主観に征服され屈服させられている
地の文だと書きました。子どもが自分自身を「美月は……」というしゃべり
かたの使われ方だとも書きました。ですから、美月を主語とする地の文個所
も「わたし」と入れ替えて、「わたし」の気持ちになって音声表現していっ
たほうよいでしょう。

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