音読授業を創る  そのA面とB面と      04・03・27記



    
「おはじきの木」の音読授業をデザインする
        

                           

 ●「おはじきの木」(あまんきみこ)の掲載教科書……教出5上



            
教材化の視点


  げんさんは南の島に出征し、敗戦により日本に帰ってきました。11年
ぶりに目にした故郷は見渡すかぎり焼け野原で、建物はくずれ、すべてが平
たくなっていました。町の死者は一万二千人。その中にはげんさんの奥さ
ん、五歳のかなこ、三歳の太郎もいました。戦地での心の支えであった奥さ
んと二人の子ども。空襲で生命を奪われてしまっていた。
  げんさんは、かなこが空襲で死んだのではなく、家の近くのにれの木の
下でおはじきをしながら、家族とはぐれ、飢えて死んでしまったという事実
を知ります。一人でさびしく飢え死にしたかなこ。読者は、父親の悲嘆にく
れた沈痛な思いに心が痛みます。
  げんさんは悲しみにくれます。にれの木はだをさすって目を閉じている
と、遠い昔にかなこがおはじき遊びをしていたころの可愛らしいかなこの声
をかすかに耳にします。すると、一人の女の子が「何か聞こえるの。」とげ
んさん語りかけてきます。はっと女の子に気づいたげんさん。女の子にかな
このことを話して聞かせます。物語はこの辺りから現実と非現実(幻想)を
巧みの織り混ぜながら進行していきます。
  女の子は「おはじきって、一人じゃつまんないよ。あたいなんか、みっ
ちゃんと、とこちゃんと、するときあるよ。お姉ちゃんもするよ」と語りま
す。この会話が伏線となり、女の子とかなこがにれの木の幹の中でおはじき
遊びをすることになります。それをげんさんは目撃します。
  げんさんはかなこの姿を目にし、金縛りにあい、声が出ません。やっと
出た「かなこ!」の声。急に辺りは真っ暗になり、何も見えなくなってしま
います。
  げんさんが木の中のおはじき遊びを目にしていたとき、女の子は家のね
どこの中で夢を見ていました。女の子は母親に語ります。
「あの子、いつだって一人でおはじきしているんだよ。だから、あたい、遊
びに行ったの。とっても喜んだの……」と語ります。読者は、女の子のやさ
しい行動に心を揺り動かされ、感動することでしょう。
  女の子には、手をつないで遊べる母親がいます。ふとんをやさしくかけ
てくれる母親がいます。ところが、かなこはどうでしょう。げんさんはどう
でしょう。
  読者は、この物語の読後感として、戦争の悲惨さ、非情さ、残酷さを知
らされることになります。


          
区切りの間に気をつけて

文章範囲
  「だれもいない空き地のはずれの一本のにれの木の前に、やせた男の人
がさっきから立っていました。」から「その子の名前はかなこといい、姓は
たしか、川がつた、川本か川島だったと思うと、その人は話していまし
た。」まで。

指導のねらいと方法 
  この物語の導入部は、語り手の外の目で客観的にげんさんの行動を語っ
ています。にれの木の前で男の人が立っていたこと、復員して帰った故郷の
町の惨状、妻と子どもの死、語り手は客観的に事実をありのままに記述して
います。読み手は、この物語のしょっぱなは、覚めた気持ちで淡々と事実を
報告するように音声表現していけばよいのです。
  「この木か。この木の下か。」の会話文は、「いく度もうめくようにつ
ぶやいていました。」と、会話文につづく地の文に書いてあります。「いく
度も」「うめくように」「つぶやいて」です。この会話文を、幾度も繰り返
して言う必要はありませんが、そのようなイメージをこめて読むとよいで
しょう。「うめく」は、苦しそうに、のど奥からしぼり出すような音調で
す。が、この会話文はうめく音調はなじみにくく、言葉がうまく音声にのっ
かりません。「低く、ぽつぽつと、」それに「つぶやいて」を加えた音調ぐ
らいにして全体を音声表現するとよいでしょう。
  「十一年前」「おくさん」「五つのかなこ」「三つの太郎」は、文意か
ら、強めの音調にして目立つように音声表現するとよいでしょう。
  「ところが昨日のばん」から「川本か川島だったと思うと、その人は話
していました。」までの音声表現についてはこうします。この物語の冒頭部
分は、語り手の外の目からの客観描写文です。「ところが昨日のばん」あた
りからしだいに語り手の外の目と、げんさんの内の目と、二つの重なりの描
写文に移行してきます。「ところが昨日のばん」からは、げんさんの気持ち
が含みこまれた地の文に変化しています。ですから、読み手はげんさんの気
持ちや思いを重ねた音声表現をしていくようにするとよいでしょう。
  次の地の文は、かなり長い一文です。区切りの間に気をつけて音声表現
するようにします。わたしの区切り方の一例を下記に書きます。指導の参考
にしてください。
  「(だれもいない空き地のはずれの)(一本のにれの木の前に、)(や
せた男の人が)(さっきから)(立っていました。)」
  「「(ところが昨日のばん、)(この町の新聞で、)(空しゅうの日の
ことを思い出して、何人かの人が語った記事のいくつかを)(読んでいたげ
んさんは、)(息が止まりそうな)(気が)(しました。)」
  「(焼けのこった木の下で、)(おはじきをしながら、)(母親と弟を
待って死んだ小さい女の子のことが)(書いてあった)(からです。)」
  「(その子の名前は)(かなこ)(といい、)(姓はたしか、)(川が
ついた、)(川本か)(川島だったと思うと、)(その人は)(話していま
した。)」


         
内の目の強弱を区分けして

文章範囲
  「かなこじゃないかーーと、げんさんは、とっさに思いました。」から
「げんさんは、夢中になって、太い幹に耳をしっかりおし当てました。」ま
で。

指導のねらいと方法
  ここの文章部分はすべて語り手の外の目と、げんさんの内の目との重な
りで描写されている地の文です。わたし(荒木)の地の文の種類分けでは
「三人称の、ある登場人物の目や気持ちによりそった地の文」となります。
語り手の外からの視点と、三人称人物(げんさん)の内からの視点とが重な
り、ないまぜになっており、全体として三人称のまなざしをとおした語られ
方になっている地の文です。このような重なりの地の文は、三人称人物(げ
んさん)に同化体験しつつ読んでいくことになります。
  このような地の文には、大きく三種類があります。外の目が強い(客観
性が強い)描かれ方の地の文、内の目が強い(主観性が強い)描かれ方の地
の文、その中間の地の文、の三つです。このことが、ここの文章範囲にある
地の文でよく分かりますので、そのことを説明します。
  先ず、ここの文章範囲を前から順繰りに三つに分けてみましょう。

  (イ)として「かなこじゃないかーーとげんさんは、とっさに思いまし
た。」から「小さい指でおはじきをしてみせたことも、いく度かありまし
た。」まで。

  (ロ)として「げんさんは、そこで、今日、会社を休んでしまいまし
た。」から
「そのころは、とにかく、自分自分食べていくのが、みな、やっとでしたか
らねえ。」まで。

  (ハ)として「げんさんは、今、にれの木はだを手でさすり、」から
「げんさんは、夢中になって、太い幹に耳をしっかりおし当てました。」ま
で。

  さて、(イ)、(ロ)、(ハ)の中で、最もげんさんの主観性が強い文
章個所はどこでしょうか。最も客観性が強い文章個所はどこでしょうか。こ
れら二つの中間に位置する地の文個所はどこでしょうか。次の答えを見る前
に、ご自分で探してみましょう

  わたしの答えはこうです。
  主観性が強い(イ)、客観性が強い(ロ)、二つの中間(ハ)です。

  ですから、(イ)の地の文を音声表現するときは、げんさんの主観的な
思い入れ(気持ち)をこめて、げんさんの感情に入り込んで音声表現してい
きます。
  (ロ)の地の文を音声表現するときは、語り手の外の目で客観性強い語
られ方ですから、げんさんが新聞社をたずね、教えられた文房具屋さん面接
して、かなこについての情報はこうだったと、これらげんさんの行動の順序
やかなこについての情報を、読者に淡々と報告する、伝達するように音声表
現にしていきます。
  (ハ)の地の文を音声表現するときは、げんさんの気持ち・思いに入り
込みつつ読み進めますが、げんさんの気持ちは冷静で反省的であり、かなこ
のはぐれた原因をれこれと推察し、かなこの小さかった頃を呼び起こし、な
つかしく回想している気持ちでありますから、そうした気持ちをこめて音声
表現していくとよいでしょう。かなこの会話文は、小さかった頃のかなこの
しゃべり方、口ぶり、音調を想像的にまねて音声表現するとよいでしょう。


           
役割音読を使って

文章範囲
  「何か聞こえる?」から「いつのまにか、夕方が近くなっていたので
す。」まで。

指導のねらいと方法
  げんさんは夢中になって太い幹に耳をしっかりおし当てていると、女の
子が「何か聞こえる?」と問いかけてきます。女の子も耳をおし当てます。
げんさんは、なぜ耳をおし当てているかを説明します。女の子は、あはじき
は一人じゃつまんないよ、と言います。こうして、女の子はにれの木の幹の
中でおはじきの相手をして、かなこと一緒に遊ぶ幻想的な場面です。
  この場面は、げんさんと女の子の対話で進行しています。この場面には
会話文が多く、25個もあります。ここの場面の音読指導は役割音読を使い
ます。役割音読だけで場面の移り変わりや様子が鮮明に浮き立つようになっ
ています。げんさんと女の子の会話文だけを取り出し、対話(やりとり)の
雰囲気を作ることに気づかって役割音読をさせます。地の文はすべて削除し
ます。削除しても場面の移り変わりや様子の理解にそれほど差し障りになる
とは思われません。
  次のようなことをすると、なお一層、場面の様子がわかりやすくなるで
しょう。
  地の文個所で動作化を二つ入れ、会話文を作成して挿入する個所を一つ
入れます。

動作化1
  「げんさんと同じように目を固くとじ、息をひそめて、じっと聞いてい
ました。」の地の文個所に動作化を一つ入れます。ここで女の子役の読み手
児童もげんさんのまねをして、木の幹に耳をおし当てる動作をします。(げ
んさんは最初から幹に耳をおし当てるまねをしています。そこへ、女の子が
「何か聞こえる?」と問いかけてきます。)

動作化2
  「女の子はそうつぶやいて、ひびわれた幹をトントンとたたきまし
た。」の地の文個所にも動作化を一つ入れます。ここで、女の子役の読み手
児童は、木の幹を軽く叩く動作(まね)をします。同時に口頭でトントンと
言います。(のちに、二人の話題が年齢に移ったら、耳を当てていたのを離
し、対面して語り合うようにします。)

会話文の作成
  「そこでげんさんは、できるだけ短く説明しました。戦争のときに爆弾
や焼夷弾を落とされたこと。かなこが母と弟を待ってて死んだこと。」の地
の文個所。ここで詳しい話し変えの学習活動を組織します。学級全員で、げ
んさんがかなこに説明したであろう短い話(会話文)を児童に自由創作で作
成させます。それを、ここの地の文個所で、げんさん役の読み手児童がげん
さんの会話文として挿入して語らせ(読ませ)ます。



         
情景描写の二様態を読み分けて

文章範囲
  「やがて辺りは水色にくれ、深いききょう色にしずみました。」から
「げんさんは木の根もとにかけよってうずくまると、冷たいなみだをたきの
ように流し続けた。」まで。

指導のねらいと方法
  「三人称の、ある登場人物の目や気持ちによりそった地の文」には、三
人称人物の主観的な描写文と、語り手の客観的な描写文と、その中間描写文
があることは前述しました。ここの文章範囲の地の文にも、語り手がげんさ
んに時に重なって主観的に語り、時にげんさんと離れて客観的に語っている
地の文の文章個所があります。
  客観的な描写の地の文は、「やがて辺りは水色にくれ、深いききょう色
にしずみました。」から「そして、静かに空き地を出ました。その時で
す。」までです。ここの文章個所は、語り手は暮色に染まりゆく夕方の景色
を外の目で客観的に淡々と描写しています。ここは客観描写に傾いた地の文
です。
  このような地の文を音声表現するときは、読み手は覚めた気持ちで、夕
暮れの景色のありさまがありのままにポンと前に出るように読んでいきま
す。ありのままの様子がくっきりと声になって出るように、形作っていくよ
うに音声表現していきます。
  主観的な描写の地の文は、「向こうから、たかたか走ってくる子どもが
見えました。」からここの文章範囲の最後までです。げんさんの目に見え
た、げんさんの気持ちをとおした主観的な描写文です。げんさんの目に見え
たこと、心に浮かんだことが描写されている、げんさんの主観に傾いた地の
文になっています。げんさんの情によってとらえられた景として、つまり、
情景の性格が強い地の文です。げんさんの完全な独り言としての地の文もあ
り、げんさんの独り言と見まちがうほどの似て非なる地の文でもあります。
  このような地の文を音声表現するときは、げんさんの思い・気持ちに
なって、女の子の駆ける様子、かなこと女の子との遊ぶ様子を音声にしてい
きます。げんさんの目になって、耳になって、げんさんが目前にしているあ
りさまを、耳に聞こえた事柄を、げんさんの気持ちになって音声で表現して
いきます。
  音声表現上の技術的なことについて若干書きましょう。
  「かなこ、かなこ、と、げんさんは思いました。」の文章個所の「かな
こ、かなこ」は、げんさんの気持ちとしては「かなこだ、かなこだ」のよう
な思いだろうと推察されます。そんな気持ちをこめて音声表現するとよいで
しょう。
  「かなこ!」、「かなこ! かなこ!」は、「かなこー」と語末を伸ば
す、げんさんの呼びかけ口調で音声表現するとよいでしょう。げんさんの悲
痛な呼びかけ音調にするか、「かなちゃーん」のような愛情に満ちた音調に
するか、それとも不審・疑念のまじった音調にするか、これは読み手の解釈
の仕方や趣向の違いによって変ってくるでしょう。
  げんさんの気持ち・思い、行動をありありと思い浮かべつつ音声表現し
て、げんさんの心の悲しみに同情の気持ちを持たせます。こうして戦争の傷
あとが生き残った人々に深く悲しいかげを落としていることを読みとらせ、
また音声で表現させます。
  二つの「二の 四の 六の 八の 十」は、二人の女の子の声質を違え
て音声表現するとよいでしょう。


         
母と子の気持ちをくっきりと


文章範囲
  「そのころ、女の子は、ねどこの中でくるしそうな声をあげ、」から最
後まで。

指導のねらいと方法
  女の子のやさしさ、母親のやさしさ、二人の人物のやさしさが描かれて
いる最終場面です。
  げんさんが目前にしたかなこと女の子のおはじき遊び、その時、女の子
は家の寝床の中でかなことおはじき遊びをしている夢を見ていたのでした。
読者はこの非現実世界の出来事にちょっとびっくりさせられます。さびしい
一人遊びを気遣う女の子のやさしさに読者はほっと安堵の気持ちを持ちま
す。
  けど、女の子にはやさしいお母さんがいますが、げんさんには戦地での
心の支えであり再会を待ち焦がれていた奥さんも二人の子どもは今はここに
いない、という非情かつ冷酷な現実があります。読者は、女の子と母親との
愛情に満ちた生活に比べ、げんさんの無慈悲かつ酷薄な現実にあとあじの悪
さ、満たされない悲憤を懐くでしょう。
  女の子の会話文の中にある「ああ、こわい。どうしたかな。どうしたか
な……。」は、恐さにおそわれた心の思いが一瞬の声となって出現した言葉
と考えられます。お母さんに向って語っているというよりも、女の子の心の
叫びとして咄嗟に出た独り言といってよいでしょう。そんなつもりで音声表
現するとよいでしょう。
  女の子は寝床の中で苦しそうな声をあげ、お母さんに起こされます。
「お母ちゃん、あの子、だいじょうぶ?」と、かなこを心配します。ふるえ
ながら、女の子はお母さんに夢の中の出来事を語ります。女の子が母親に語
る会話文は、女の子の恐さ・恐ろしさがベースにあって、そしてかなこの安
否を気遣いつつ、いま夢で見た事柄を母親に語っている、それを母親に報告
している、というような性格の会話文です。そんなつもりで音声表現すると
よいでしょう。
  母親は、女の子の恐さにふるえる気持ちをしずめ、だいじょうぶよ、安
心してね、と心配・不安を静める気持ちで語りかけています。本文に「やさ
しく、静かに言いました。」と書いてあります。愛情に満ちた、落ち着い
た、ゆったりとした口調で、女の子を安心させる思いをこめて「やさしく、
しずかに」音声表現するとよいでしょう。
  会話文の音声表現は、事前指導として、その人物は誰に向って、どんな
内容を、どんな表現意図で、どんな気持ちで、どんな思いをこめ、どんな音
声口調で語っているかを、学級全員で話し合います。その話し合いに基づい
て、実際に音声表現をさせます。あらわれでた読み声を学級全員で検討しま
す。さらなる良質の音声表現を求めていきます。再度のチャレンジを試みさ
せます。母と子との話し意図や気持ち・思いのちがいがくっきりと音声に出
るように音声表現させます。音声で人物の思いや様子を豊かに音声表現する
ことで、一層の深い読解に導いていくことができます。



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