音読授業を創る そのA面とB面と        07・12・7記




「今日」の音読授業をデザインする


               

●詩「今日」(まど・みちお)の掲載教科書…………………………大書5下


            今日 
                まど・みちお

        きがつくと今日をむかえている
        そして当たり前顔でその中にいて
        いつのまにかその今日をおくりだしている
        くる日も くる日も

        今日の中にいて思うのは
        明日のこと昨日のことだが
        その明日にも昨日にも出会うことはない
        出会えないからこそ思うのだろうか

        たしかにあるのは今日だけなのか
        今日こそ昨日であり明日でもあるのか
        今日こそ生きてさわれる全部なのか
        今日こそこれしかない一生なのだ



        
作者(まど・みちお)について


  本名・石田道雄。1909年、山口県徳山町に生まれる。台北工業学校卒。
台北工業学校在学中に詩や短文を書き始め、友人と同人誌を作る。
  戦前台湾で総督府に勤めながら「コドモノクニ」「綴方倶楽部」などに
投稿。児童誌「コドモノクニ」に投稿した詩が北原白秋選で特選になり、童
謡を創りはじめる。北原白秋に詩、童謡を学ぶ。戦後帰国して、婦人画報社
に入社、子どもの雑誌「チャイルドブック」の編集に携わる。この頃より幼
児雑誌、ラジオなどで童謡を発表するようになる。
  「一年生になったら」「ぞうさん」「ふしぎなポケット」「やぎさんゆ
うびん」などの童謡の傑作がある。野間児童文芸賞、芸術選奨文部大臣賞、
路傍の石文学賞特別賞、日本児童文学者協会賞、巌谷小波文芸賞、国際アン
デルセン賞、朝日賞など受賞。
  ペンネームについて、あるところで次のように語っている。
「本名は石田道雄ですが、若いときにペンネームのつもりでつけたんです
ね。つけた途端にいやになりまして……(笑い)。ところが恩師の北原白秋
先生が「いい名前じゃないか」とおっしゃったので、それじゃ、このままで
いいだろうと、それからずっと使っているわけです。「まど」というのは、
家でも何でも、外に通じる窓がなかったらどうにもなりませんね。窓を通じ
て外の景色を見たりします。そんな感じでつけたんです。」と。


             
教材分析


  わたしたち人間は、その日その日を仕事や雑事に追われ、毎日をあくせ
くと過ごしているのがふつうでしょう。なにやかやと今の今を何気なく、の
ほほんと過ごしているのがふつうでしょう。毎日の雑事にかまけて、一日一
日を「今日の一瞬一瞬を充実して生きよう」などと意識して生活しているわ
けではありません。
  この詩は、こうした常態化を改めて考え直して、今日の今の今を充実さ
せて生きようと反省させてくれる詩です。この詩は、それを言葉の表現とし
て取り出し、詩的表現として構成して提示しているところに優れた存在意義
があるといえましょう。

 第一連
  大体の内容はこうでしょう。
  わたしたち人間は、朝が来れば「夜があけたなあ、あさめしを食べなく
ちゃ、寝床から起きなくちゃ」と思います。当たり前のように今日の朝をい
つものように迎えます。そして一日をあくせくと過ごし、いつのまにか今日
の一日がなんとなく終わってしまっています。
  当たり前のように今日が昨日となり、当たり前のように明日が今日とな
り、漫然とそれを繰り返しています。「今日の今日、今の今を生きてい
る、よい一日一日だった」などとその日その日の充実した時間を意識して、
それを反省しながら、そうしようと努力しながら生活している訳ではありま
せん。第一連では、このような現実を書いているように思われます。

 第二連
  大体の内容はこうでしょう。
  今日を生きるとは、昨日(過去)を引き受け、明日(未来)を見通しな
がら今日を生きている。しかし、今日を生きている時は、明日(未来)にも
昨日(過去)にも出会えない(同じ時間に生きられない)のだ、と書いてい
るように思います。
  「出会えないからこそ思うのだろうか」の「思う」は、補語「何を」が
省略されています。「出会えないからこそ≪今日の中にいて、明日のことや
昨日のことを≫思うのだ。」のようになるのではと思います。「のだろう
か」は、単なる疑問の推量表現ではなく、「そうだ、そうだ。」という軽い
反語表現にもなっているように思います。

 第三連
  大体の内容はこうでしょう。
  文末が「……なのか」と問いかけ表現になっていますが、これは言表に
自信がなくて婉曲にぼかした言い方になっているわけではありません。問い
かけ表現の裏に強力な肯定意見を含んだ反語表現があると思います。「今日
だけだ」「明日でもあるのだ」「全部なのだ」という、語り手の強い肯定意
思が裏に隠されている言い方になっていると言えます。
  ここで語り手が言いたいことは、最後の一行にあるように思います。
「今日こそがこれしかない一生なのだ」です。
  「今日=一生」と、かなり強い言い方で言表しています。子ども達に、
語り手(まど・みちお)が主張したい、訴えたい真意は何かと問いかけてみ
ましょう。そして、わたし達は「だからどうすべきだ」ともうひと押しを言
葉にするとどうなるかを考えさせたいと思います。
 
 全体の感想
  この詩全体を読んで、荒木はこんな感想を持ちました。
  わたしはこの詩を読んで、ハイデガー『存在と時間』の中で書いている
事柄を思い出しました。
  ハイデガーはこう言います。人間たちの平均的な日常生活の過ごし方を
考えてみよう。それはどうでもよい日常茶飯の空談やつまらんおしゃべりに
夢中で、「気散じ・気晴らし」の中で我を忘れて、その日その日をのほほん
と、なんとはなしに過ごしている。「空談」に満足し、他人への「好奇心」
にうつつをぬかしては語り、どうでもよい事柄に熱心で、それら日常生活に
「曖昧性」という本質が常態化している。日常生活は頽落しており、本当の
自己を見失っている。非本来的生活の落とし穴の中にはまり込んでしまって
いる。
  わたしたち人間は、こうした非本来的な生活から脱却し、本来的な自己
を見出し、それを取り戻すことが重要だ、そうした時間の中に生きることが
重要だ、本来的な自己の実存のあり方を探すこと・開示することが重要だ、
明日にも自分を襲うかもしれない死の脅かしに目を逸らさずに今をどう生き
るべきかに真剣になること、そして、自己の良心の声の呼びかけに耳を傾け
るべきこと、こうしたことが重要だ。
  かいつまんで言えば、こんなことをハイデガーが言っていたことを思い
出します。
  つまり、時間は、過去・現在・未来と区分けされた客観的時間ではな
いということ、実存的時間として了解すべきだということを言っています。
昨日(過去)を今(現在)の中に手繰り寄せ、明日(未来)を今(現在)
の中に引きずり込み、そうした実存的時間の今(現在。瞬間瞬間の実存的な
生活時間の流れ)をいかに生きるべきかを自覚して本来的な自分の生存を気
遣いつつ生活すべきだと言っていたことを思い出しました。


           
音声表現のしかた


  次の【  】の中の詩文を、(  )の中のようなメリハリの音声表現
にするのも一つの方法です。(  )の中は、音声表現するときの気持ちの
入れ方やメリハリのつけ方について書いています。参考にしてみてくださ
い。

第一連
【きがつくと】(どうかというとの気持ちで次へつなげて)
【今日をむかえている】(軽く押さえて断止する。軽い間をとる。)

【そして】(つけたす気持ちで次へつなげて)
【当たり前顔でその中にいて】(次につながる息づかいで)
【いつのまにかその今日をおくりだしている】(はっきりと断止。軽い間を
                      とる。)

【く・る・日・も】・【く・る・日・も・】(スタッカートのように一つ
               一つを区切る。ゆったりと、たっぷり
               と、声を落として読んで、繰り返す。)


第二連
【今日の中にいて思うのは】(次のようだという気持ちで次へつなげて)
【明日のこと・昨日のことだが】(二つを対比して目立たせ、「が」で軽
                い間をとる。)

【その明日にも・昨日にも・出会う・こ・と・は・な・い・】(はっきり
           と断止する。軽い間をとる。「ことはない」を、
           一つ一つ区切って、ゆっくりと読む)

【出会えないからこそ・思うのだろうか】(文末は推し量る気持ちの思い
              をたっぷりと入れて。
             「の・だ・ろ・お・か・」のように一つ一つ
              をスタッカートのように
              区切って、ゆっくりと読むのもよい)


第三連
【たしかにあるのは・今日だけ・な・の・か・】(軽い間。)

【今日こそ・・昨日であり・明日でも・あ・る・の・か・】(軽い間。)

【今日こそ・生きてさわれる・全部・な・の・か・】(軽い間。)

【今日こそが・これしかない・一・生・な・の・だ・】(いっ・しょう・
          な・の・だ/ のように一つ一つをスタッカート
          のように短く切って読み、あとに思いが残るよう
          に、印象に残るように、たっぷりと・ゆっくりと・
          思いをこめて読む。)



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