音読授業を創る  そのA面とB面と        03・6・03 記



 「白いぼうし」の音読授業をデザインする



●「白いぼうし」(あまんきみこ)ーーー掲載教科書 光村4上、学図4上




        
音読によい文章個所(その1)

文章範囲
  冒頭「これは、レモンのにおいですか。」から「その大通りを曲がっ
て、細いうら通りに入ったところで、しんしはおりていきました。」まで。

指導のねらいと方法
 会話文の連続で、いきなり作品世界にさそいこみます。やがて、現実と非
現実の世界のはざま、ファジーな世界へと引き込まされます。

 季節は初夏です。夏がいきなりはじまったような暑い日です。この作品の
理解には、夏みかんの黄金色のいろつや、甘酸っぱい匂い、食べた後の強烈
なすっぱさの素地を作っておくとよいでしょう。

 会話文の抜き取り音読で、場面のイメージを、音声でありありと思い浮か
ばせます。この文章部分、理屈で話し合って深めるよりは、音読を取り入れ
ると、ずっと楽しい授業が組織できます。
  この文章部分は、大部分が、松井さん(運転手)とお客(しんし)の対
話で構成されています。「会話文だけを音読したい人?」と問いかけ、2名
の児童を選出し、役割音読をさせます。音読しつつ、松井さんはどんな気持
ちでお客に話しかけているか、お客はどんな気持ちで松井さんと話している
か、二人の話し意図(気持ち、思い)を語り合います。その話し意図(気持
ち、思い)をいっぱいにして会話文を対話させるように音読します。話し意
図(気持ち、思い)を押し出すことが大事で、文字づらに引きずられた気持
ちの入らないない読み方にしないようにします。

  教師がはじめ「今日は、六月の初め。夏がいきなり始まったような暑い
日です。松井さんもお客も、白いワイシャツのそでを、うでまでたくしあげ
ていました。」までを音読します。つづけて「さあ、みなさんも、そでの長
いものを着ている人はたくしあげてみましょう。短い人はそのゼスチュアを
しましょう。はい、では、二人で会話文だけを読んでいきましょう。やり取
りの感じを出しましょう。顔の表情なども入れて読むといいね。」
  こうして役割音読を数組えらんでやらせます。会話文の途中の地の文は
音読しません。ただし、ここの最後部の「信号が青に変ると、沢山の車が
いっせいに走りだしました。」の文章個所は、松井さん役の児童が読み、
「その大通りを曲がって、細いうら通りに入った所で、しんしはおりていき
ました。」の文章個所は、お客役の児童が読むというのも、おもしろいで
しょう。

 「白いぼうし」の全体は、松井さんの視点から描かれています。情景描写
が松井さんの心理と重なり、松井さんの思い入れの形で描かれています。客
観的に音声表現しながらも、同時に、松井さんの目や気持ちに寄りそいつつ
音読していくとうまくいきます。


        
音読によい文章個所(その2)


文章範囲
  次のひとりごとの会話文だけを選んで、とりたてて音読指導をします。
「おや、車道のあんなすぐそばに、小さなぼうしが落ちているぞ。風がもう
ひとふきすれば、車がひいてしまうわい。」
「ははあ、わざわざここに置いたんだな。」
「たけやまようちえん たけの たけお」
「せっかくのえものがいなくなっていたら、この子は、どんなにがっかりす
るだろう。」

指導のねらいと方法
  かぎかっこの会話文には、大別して二種類があります。(声に出してい
る会話文)と(声に出ていない会話文)です。
  以上の会話文は、実際に声に出ているか、いないかを議論させます。出
ているとしても、声や言葉にならないぐらいのぼそぼそ声でしょう。松井さ
んの内言(ひとりごと。頭の中に浮かんだ言葉。相手に語っているのでな
く、自分に語って、納得している言葉)です。かぎつき会話文には、こんな
会話文もあることを知らせます。
  無声では読みになりませんので、どう声に出して読むかを実際に音声表
現させながら発表をとおして語り合います。ここの文章範囲は、松井さんの
行動の様子(順序)と気持ちが理解できればよいわけで、こうして松井さん
の気持ちにたっぷりと感情移入させます。
  「あれっ。」の前後の文章個所の読みについて書きます。「ぼうしをつ
まみ上げたとたん、ふわっと何かが飛び出しました。あれっ。もんしろちょ
うです。あわててぼうしをふり回しました。」の文章個所は、行動・動作に
即してスピードを速めにして読むとよいでしょう。「そんな松井さんの目の
前を、ちょうはひらひら高くまい上がると、並木の緑の向こうに見えなく
なってしまいました。」の個所は、前文と対比的にして、少しゆっくりめに
声を落として読むとよいでしょう。緩急変化の音声表現のスキルに適してい
る文章部分です。


        
音読によい文章個所(その3)


文章範囲
  「道にまよったの。………四角い建物ばかりだもん。」から「早く、お
じちゃん。早く行ってちょうだい。」まで。

指導のねらいと方法
 会話文が連続している文章部分です。会話文のみの役割音読で場面の状況
を把握させます。
  はじめにこの会話文は、だれが話しているかを、はっきりさせます。三
人の人物であることを各会話文と対応させて確認します。
  「女の子になりたい人、手を上げて」と問いかけます。各人物を選出し
て、各人物の気持ち(思い)をこめて、会話文だけの連続を、相手に話しか
けているように、やりとりの感じが出るように音読させます。こうすること
によって場面の状況(様子、気持ち)がありありとイメージ化することがで
きるでしょう。
  「エンジンをかけたとき、………声が近づいてきました。」の地の文個
所では、この地の文を読む代わりに「ブルンブルンブルブルブル」とエンジ
ンの音をだれか児童に言わせるのもおもしろいでしょう。
  「水色の新しい虫とりあみをかかえた男の子が………手を、ぐいぐい
引っぱって来ます。」の地の文の代わりに、だれか児童をお母さん役に見立
てて実際に軽く手を引っぱっりつつ、またはそうしたゼスチュアを自分一人
でしながら、「あのぼうしの下さあ。お母ちゃん、………いたんだもん。」
の会話文を音読させたりもします。こうした動作化をすることで場面の状況
が明確になるし、音声表現にも迫力が増すし、楽しく音読授業をすすめるこ
とができます。
  松井さんが客席の女の子にせかせられた後の地の文「松井さんは、あわ
ててアクセルをふみました。」は、場面の状況をはっきりさせるため他児童
に音読させるのもよいでしょう。



        
音読によい文章個所(その4)


文章範囲
  「白いちょうが、二十も三十も、いえ、もっとたくさん飛んでいまし
た。」から最終まで。

指導のねらいと方法
  ここの文章個所の音読は、少しばかりのテクニックと修練を必要としま
す。野原の様子、蝶の様子、二つの場面の様子が声にありありと現出するよ
うに声を出して挑戦してみましょう。

  「よかったね。」と「よかったよ。」は、「シャボン玉のはじけるよう
な」、「小さな小さな」(二回も繰り返して強調)声です。どんな声か、実
際に声に出して全員で探ってみましょう。女の子(ちょう)は、迷子にでも
なったのでしょうか。女の子(ちょう)が仲間と合流(再会)できた喜びの
気持ちをこめて表現します。
  仲間同士(ちょうとちょう)が、あっちこっちで喜びの会話をしている
とも考えられるし、女の子(ちょう)と仲間(ちょう)たちとの会話とも考
えられます。どちらかを決めることで、その音声表現は微妙に変わってきま
す。
  小さな団地の前の、小さな野原の様子が描写されています。その野原の
上で、ちょうたちが喜びの会話をしている様子も描写されています。この
ファンタスチックで美しい場面の様子を、音声で表現できたらすばらしいで
す。
  地の文の主語は何であるか、(白いちょう、クローバー、たんぽぽ)の
三つをおさえます。

「白いちょうが」(主語)+「二十も三十も、いえ、もっとたくさん飛んで
います。」(述部)

「クローバーが」(主語)+「青々と広がっています。」(述部)

「たんぽぽは」(主語)+「綿毛と黄色の花の交ざった花で」「点点の模様
になって咲いています。」(述部)

  「何がどうだ」と「どんな何がどうだ」をはっきり声に出して、小さな
野原の色彩豊かな様子や、ちょうの動きが声にたっぷりと現れ出たらすばら
しいです。強調と緩急と区切りの間の変化、明晰な澄んだ発声で音声表現す
る技術が必要です。

  「その上を、おどるように飛んでいるちょうを」から後は、わたし(荒
木)だったら、「その上を」からあとは段落変えがあるものとして、たっぷ
りと間をあけて、新しい気分にして、新しい場面を開くようにして読み出し
ます。こうして、「よかったね。」、「よかったよ。」の会話文へとひとつ
ながりに連続させて読み進めます。

  最後部の地の文「車の中には、まだかすかに、夏みかんのにおいが残っ
ています。」は、思いが残るようにたっぷりと、ゆっくりと読みます。作品
「白いぼうし」は、「レモン」の話で始まり、「レモン」で終わっていま
す。さわやかさと、ほっとした安ど(満足)の気持ちをこめて、しだいに
ゆっくりと読み下していきます。



          
参考資料(1)


 「女の子の正体は」について、作者・あまんきみこさんが、次のように
語っています。1989年 第26回児童言語研究会夏季アカデミーの講演
にて。

ーーーーー引用開始ーーーーー
 東京の男の子からの手紙で印象深いものがありました。
 「ぼくはこの女の子は蝶だとおもう。だけど、受け持ちの先生は松井さん
の幻想だといいました。『白いぼうし』が終わるのは来週の○曜日で、作者
の答えをそれまでに教えてください。」
 そして、その手紙には、家庭教師さんの手紙が一緒に入っていました。
 「私はこの子の家庭教師です。この子は、この女の子は蝶だと思うし、私
も蝶だと思う。それなのに、この子の受け持ちの先生は松井さんの幻想だと
言っているそうす。そこで作者の返事をください。」
 わたしは困りました。まっさきに思ったのは、その子どもとその担任の先
生の世界でした。その子が作者の返事を持って、先生に異議申し立てをした
いのがよくわかりました。でも、作品は読者の手元にいったとき、もう読者
のものです。確かにこれは、松井さんの幻想でもあるし、また、いっぽうで
は、この女の子は蝶とも言えるわけです。それは、どういう方向から読まれ
てもいいわけで、作者がこう読んで欲しいとか、ああ読んで欲しいというこ
となどできません。
 それで何日か悩んだあげく、結局、
「先生が松井さんの幻想だといえば、きっと先生にとっては松井さんの幻想
でしょう。そして、きみがあの子を蝶だと思うなら、きみにとっては蝶では
ないかしら。数学だったら1たす1は2という答えが決まっていますね。で
もこれは、いろいろな方向から山を見ると、形は違っても登れば頂上につく
ようなものです。世の中のいろいろなものは黒とか白とか決められないもの
があるかもしれないよ。」と、はっきりした言葉はもう忘れてしまいました
けれども、そういうふうなことを書いたわけです。そして速達でポストに入
れましたが、内心忸怩たるものがありましたね。自分でその答えがベストだ
と思っていないからでしょう。でも、それよりはかに書けないって感じだけ
はしました。
 あの子はきっと返事がきたと思ってあけたらいくら読んでもわけがわから
なかったのではないでしょうか。
 でも、わたしがもし夢を見ることを許してもらえるのなら、その子が成長
する過程の中で一つのものをたくさんの方向から見ると、違って見える部分
があるってことは、こんなことではないかなと、ふっとね、「白いぼうし」
の返事のことを思い出してもらえたらありがたいなと思ったりいたします。
  
   児童言語研究会編集『国語の授業』98号(一光社)より引用



            
参考資料(2)


  「白いぼうし」のようなファンタジーの作品は、こうも読めるし、ああ
も読めるという、解釈の曖昧性・融通性をもっています。西郷竹彦(文芸学
者)さんは、「現実とも非現実ともとれる表現」として次のように書いてい
ます。

ーーーーーー引用開始ーーーーーー
  「白いぼうし」の場合、現実から始まって、気がついたら、いつの間に
か非現実に入っているという、話の運びが非常に緩やかで緻密です。「くじ
らぐも」のように、のっけから二面性を出していくという手もありますが、
「白いぼうし」は現実的な形で始まっています。
  けれども、<たけやまようちえん たけの たけお>というふうに、ど
ちらともとれるという表現があります。<たけの たけお>という名前自体
は現実にありそうですけど、<たけやまようちえん たけの たけお>とな
ると、何となく、ないとは言えないがありそうにもないというような、つま
り、そこで、現実と非現実の二面性を垣間見せているような感じです。
  そして、例の、<車にもどると>というところに
<道にまよったの。行っても行っても、四角い建物ばかりだもん。>
というせりふがありますが、これは、女の子が言っているせりふとして見れ
ば、女子の子のせりふとして読めます。つまり、現実の場面として見れば現
実の場面として読めるわけです。そう読めるから、松井さんもまた、何の不
審も抱かずに乗せて走るのです。
  ところが、これを「ちょうが化けた」非現実の場面として読むと、「あ
あ、道に迷って追い回されて、疲れきってしまったのだろうなあ」というよ
うに読めるし、<菜の花横町ってあるかしら>というと、「あ、ちょうちょ
うだから、菜の花か」という感じになります。それから、男の子が登場する
と、あわてて、<せかせかと><早く、おじちゃん。早く行ってちょうだ
い」>というところも、自分をつかまえたあの男の子が現れたから、恐怖に
おののいて、早く逃げ出したいという思いで言っているのだというように読
むことができます。
  つまり、現実の女の子として読めばそう読めるし、非現実のちょうとし
て読めばそうも読めるという、どちらにも読める表現の仕方をしているので
す。
文芸教育研究協議会編『文芸教育』(1991年、55号、明治図書)より引用


             トップページへ戻る