音読授業を創る そのA面とB面と 07・11・07記 「おとうとねずみチロ」音読授業をデザインする ●「おとうとねずみチロ」(もりやまみやこ)の掲載教科書………東書1下 作者(もりやまみやこ)について 森山京(もりやまみやこ)。童話作家。1929年7月10日、東京都 に生まれる。小学校時代の殆んどを旧満州瀋陽で過ごす。大阪阪急百貨店宣 伝部を経て、フリーのコピーライターとなる。化粧品のCMコピー「25歳 はお肌の曲がり角」は、あまりにも有名である。 1968年「こりすが五ひき」が講談社児童文学新人賞佳作となる。 その後出産を経て八年後に執筆を再開する。神奈川県在住。 『ねこのしゃしんかん』でボローニャ国際児童図書展エルバ賞特別賞。 『あしたもよかった』で小学館文学賞。 『まねやのオイラ旅ねこ道中』で野間児童文芸賞。 『きつねの子』シリーズで路傍の石・幼少年文学賞などの受賞歴も多数。 近年の作品に『いすがにげた』『大和川と海と』『おさらのぞうさん』など 幼年童話の著書が多い。 教材分析 ●登場人物 ねずみの三兄弟が登場します。三兄弟とは言っても、兄と姉と弟(チ ロ、主人公)ですから、三兄弟姉妹というべきなのでしょうか。教科書には 「きょうだい」とひらがなで書いてあるので違和感がないですが、漢字で 「兄弟」と書くと男性だけの兄弟を思い浮かべてしまいます。漢字の兄弟の 中に姉(女性)が入っていることになるとどうもすっきりしません。なの で、ここでは「三きょうだい」とひらがなで以下は書くことにします。 ●問題(事件)の発端 三きょうだいに、おばあちゃんから手紙が届きました。手紙には「赤と 青のチョッキを送ります」と書いてあります。三人の孫ですから、もう一色 の黄色とか緑色とか書いてあればいいのですが、赤と青としか書いていませ ん。三人のきょうだいがいるのに二色だけしか書いていません。三人のきょ うだだいは、二着だけと受け取ったようです。ここから事件が始まります。 兄は「ぼくは赤がいい」と言い、姉は「わたしは青がいい」と言いま す。兄と姉は二人して「チロのはないよ」と言います。ここからチロの「も しかして貰えないかも」という心配が始まります。チロの心はゆれます。不 安感が高まります。気がかりで気持ちが落ち着きません。心配で心配でたま りません。 兄と姉の色の選択も、おもしろいですね。男は青、女は赤、という世間 常識の色選びが逆転しています。子ども達の素直な純粋な気持ちからの色選 びなのでしょうが、作者・森山京さんの「女らしさ、男らしさ」の性的役割 分業の解放思想の考え方からこんな色選択の書き方になっているのでしょう か。そんなこともちょっと考えさせられます。 兄と姉は口を揃えて「チロのはないよ」と言います。チロは、「もしか したら、わたしのはないのかもしれない」と気が気でなく、気がかりで、心 配でたまりません。 チロのこと、おばあちゃんは忘れたのでしょうか。いやいや、おばあ ちゃんにとっては三人とも可愛い可愛い孫たちです。チロだけを外すわけが ありません。それなのにチロは「貰えないかも」と真剣に考えはじめます。 かわいいですね。 学級児童に、おばあちゃんの気持ちは多分こうでしょうと予想させる と、はじめにおばあちゃんの気持ち・意図が分かってこの物語を読み進めて いくと、一層おもしろく読むことができるでしょう。 読者は、チロがかわいそうだ、チロはどうするんだろう、どんな行動を するんだろう、とストーリーの展開の先に興味や関心を持って読み進めるこ とでしょう。 チロはさすが末っ子です。利発で、頭の回転が速く、才知にたけて、ち えがはしっています。頭の切り換えのよさと素早い実行力があります。直ち に行動を起こします。読者は、チロの機転を利かせた行動展開に興味をもっ て先を読み進めていきます。つぎはどんな行動をするのだろう、と興味を示 しつつ先を読み進めていくことでしょう。そして、チロから、素早い頭の切 り替えのすばらしさと実行力のよさを学ぶことでしょう。 チロはまだ字が書けません。おばあちゃんに手紙を出すことができませ ん。チロはおかのてっぺんの木の上に立つと、おばあちゃんの家の方角を向 かって大きな声でおばあちゃんへ呼びかけます、叫び出します。 ●チロの声の伝わり方 作者は、声の伝わり方について次のような文章記述をしています。 (1)チロのこえは、くりかえしひびきながら、だんだんだんだんとおく なっていくではありませんか。 (2)すると、こんどもチロのこえは、くりかえしながらだんだんほそく、 小さくなっていきました。 (1)と(2)とは同じ事態(チロの声の伝わり方)ですが、作者は 記述の仕方を違えています。チロの声の伝わり方が違っているわけではない のに、です。これは、作者は四百字詰め原稿用紙で四枚ほどの短い物語文の 中に同一表現を二回も繰り返すと陳腐な表現になるので、それを避けたのだ と思います。 「まえよりもこえをはりあげて」とか「大きく口をあけ、いちばんだい じなことをいいました」とかの表現には、チロの気持ちや思いが入りこんで いる記述のしかたです。なぜ「まえよりもこえをはりあげ」、なぜ「大きく 口をあけ、いちばんだいじなことを」と書いてあるのか、これらの文章表現 を取上げて、そこに含められているチロの気持ち・心理をくわしく語り合う 必要があるでしょう。 ●同じ事態の違った描写 (1)チロの声は、くりかえしひびきながら、だんだんとおくなっていくで はありませんか。 (2)チロはうれしがってとびはねると、まえよりもこえをはりあげていい ました。 (3)チロは大きく口をあけ、いちばんだいじなことをいいました。 (4)チロは、「あんでね」がきえてしまうまで、じっと耳をすましていま した。 (1)から(4)の文章には、語り手(森山京さんと考えてもよい)が チロの行動をありのままに外側から客観的に描写しています。が、チロの気 持ちが入りこんだ描写の地の文にもなっています。(2)「うれしがってと びはねると」、(3)「いちばんだいじなことを」などの主観性が強い記述 の内容表現でそれが分かります。 (1)の文を読むと、チロにとっては自分の声が「だんだんとおくなっ て、消えていくように感じた、」という、チロの気持ちが遠くへ遠くへと おばあちゃんに届いてほしい、届いていってくれよー、そうしたチロの気 持ちがこめられた描写表現のしかたになっていることが分かります。 (4)を読むと、チロにとっては自分の「あんでねーー」の声が小さく なって消えていって、それがおばあちゃんに届いたと確信するまでじっと耳 をすましていた、自分で納得し安心するまでじっと耳を傾けていた、という チロの心理的な思い入れの気持ちが読み取れます。つまり、これらの地の文 にはチロの主観的な気持ちが入りこんだ書かれ方になっています。 つまり、この物語は、単なるチロの行動を外側から冷静に突き放して客 観描写している地の文の書かれ方にはなっていません。チロの気持ちも含み こんだ地の文の書かれ方になっています。ですから、この物語を読む子ども 達はチロの気持ちに近づいて、チロの気持ちによりそって、チロの行動描写 文を読みすすめていくことになるでしょう。 この物語は、小学一年生の三学期教材です。一年生児童とチロとの年 齢が近接していますから、読み手はチロと同化しながら、同じ気持ちになっ て読み進めていくことでしょう。三きょうだいによる二色のチョッキ事件と いう性質からしても、また事件の進展がチロの行動描写が殆んどということ からしても、子ども達は当然にチロになったつもりで、チロの気持ちに入り こんで読みすすめていくことになるでしょう。 音声表現のしかた ●意味内容のまとまりとして音声表現する 一年生の三学期ですので、大多数の子ども達は拾い読みやたどり読みは 卒業して、すらすら読みができるようになってきていることでしょう。 次の段階は、語のまとまり、文節のまとまり、意味内容の切れ続きのま とまり、文としてのまとまりをつけて読めるようにすることです。単にすら すら、ずらずらと読むのでなく、意味内容のまとまりや区切りで切って、そ こで間をきちんとあけて読むように指導します。 小学校一年生の音読指導の一般的な指導事項については、荒木のHPの 「表現よみの授業入門」の中にある掲載記事をお読み下さい。 ●表現よみを中心活動にした授業を組織する この物語は、音声表現に適した文体になっています。表現よみを中心に した授業組織を計画するとよいでしょう。 理詰めな話し合いだけの授業計画はいけません。「なぜ兄と姉はそう 言ったのですか」「その時のチロの気持ちはどんなですか」「チロが呼びか けている様子はどんなですか、チロの気持ちをくわしく話し合ってみよう」 「この文章からチロはどんな気持ちだか分かりますか」というような理詰め な、理屈だけで授業をすすめるのはよくありません。 三きょうだいやチロの行動の様子をイメージしつつ、チロの気持ちに なって音声表現をしていくと楽しい授業が組織できるでしょう。理屈でな く、音声表現で物語世界を味わい、楽しむ授業をしていくとよいでしょう。 音声表現を主な学習活動にして授業をすすめていくようにします。 会話文は、チロの気持ちに入りこんで、なって、音声表現していきます。 地の文は、チロのおかれた状況や、チロの気持ちを想像しながら、場面(事 件)を説明していく音声表現にしていきます。声に出して物語世界を楽しん でいけば十分にチロの気持ちに寄り添った音声表現になるはずです。こうし た声に出して読み進むことで物語世界のおもしろさ、楽しさを味わっていく ようにします。 ●手紙文の読み方 冒頭に、おばあさんからの手紙文があります。手紙文の読み方には、二 種類があります。 (1)おばあさん(差出人)の声で、おばあさんの語り口で読む。 (2)ねずみの子ども(受取人)の声で、ねずみの子の語り口で読む。 どちらで読んでもよいですが、ここでは読者である子ども達はねずみの 子ども(チロの気持ち)によりそって読みすすめていることでしょうから、 この物語の場合はチロの声やその語り口でこの手紙文を読んでいくほうが容 易なのではないでしょうか。 ●役割音読 前半部分は三匹のねずみの会話文が続いています。会話文だけを抜き出 し、下記のような台本にして音声表現を楽しむのもよいでしょう。それぞれ のお面をつけ、テーブルを囲んで三匹が車座にすわっている場面を設定しま す。兄と姉が声をそろえて、ゆっくりとおばあさんの手紙を読みます。それ から三匹による次の対話をはじめます。 兄 「ぼくは赤がいいな」 姉 「わたしは青がすき」 チロ「僕は、赤と青」 兄 「チロのは、ないよ」 姉 「そうよ。青いのと、赤いのだけよ」 チロ「そんなことないよ」 (チロは、そうかな、と考え始める。ちょっと間をおいて、チロ、 立ち上がる。兄と姉に背を向ける。つまり観客を向く。そして、 次のような言葉を小さい声で、ぼそぼそと呟く・独り言する。) チロ「そうだったら、どうしよう」(くもり顔、心配な顔で。腕組みを して。考えている動作で) (少しの間をおいて) チロ「そうだ。いいこと、かんがえた」(明るい顔になって) (チロ、ひとり言を言って外へ駆け出す。兄と姉はチロの後ろ姿を見送る) こうした対話場面を設定して音声表現させれば、理詰めな解釈深めの話 し合い活動は必要ありません。ありありと身体を通して場面が表象できる し、音声でただよいつつ物語を味わうことができます。音声表現することで チロの心理感情が身体に響かせて感情ぐるみで理解できるし、場面を味わっ て読み進むことができます。 ●繰り返し言葉のリピート 地の文の繰り返し言葉を付け加える音声表現で、様子がありありと読み 声にあらわれ出るようにします。例えば、次のようにです。 地の文「どんどんどんどんはしっていって、おかの上までのぼりました」の 「どんどんどんどん」を「どんどんどんどん どんどんどんどん」と一回分 を余計に付け加えて音声表現します。チロが走って、走って、更に走って、 走り続けた」という感じを読み声で増幅させて音声表現します。 同じように「だんだんだんだんとおくなっていくではありませんか」の 「だんだんだんだん」も、もう一回くりかえして音声表現します。 地の文「チロのこえは、くりかえしながら、だんだんほそく、小さくなって いきました」の「だんだん」も「だんだん だんだん」のようにくりかえし を入れます。 ただし、繰り返し言葉のレピートは、1回か、多くて2回にします。調子づ いた繰り返し言葉が何回も長くつけすぎると、「だらけ、こっけい、奇怪、 ふざけ」の音声表現になってしまうから気をつけましょう。 ●チロの呼びかけと山彦 チロが木の上に立って、おばあさんの家の方角へ向かって大声で呼びか けます。どんな声調、声の大きさ、山彦の反響のしかたはどうなんでしょう か。 次のようなことを話題にしながら実際に声に出して呼びかけさせてみま しょう。 ・チロの顔や身体の表情はどうか。(顔を真っ赤にしてなど) ・チロの動作はどうか。(口に手でメガホンを作ってなど) ・音声表情はどうか。(遠くへ声を届けて、遠くへ突き刺す感じなど) ・声の大きさの変化(山彦の反響、教科書活字の大きさの変化は、声量の大 から極小への変化のしかたであること。そうした実際 の音声表現の声のだしかた) ・木に登って、枝の上から呼びかけている様子はどうか。(高い場所から叫 んでいる。椅子の上に立つとか、高い位置から叫ぶようにしたい) ・その他、チロのおばあさんへ伝えたいことは何か、チロが木に立ってい る高さ・位置、声の方向、目線の方向や目に見える対象物など。 これらを話題にしながら、実際に呼びかけの実演をさせてみたらどうだ ろう。より上手な音声表現にするにはどこをどう直せばよいか、どうすれば よいかなど、あらわれ出た読み声を全員で話し合ってみよう。あらわれ出た 読み声を更に上手な読み声にする話し合いの中で上記した事柄を話題にした らどうでしょう。上手な音声表現をした児童の読み声は全員に模倣させま しょう、まねさせましょう。上手な児童の読み声をまねすることは、上達へ の近道です。 ●動作化 「チロは、うれしがってとびはねると」は、実際に笑顔で「うれしがっ て」飛び跳ねてから、「ぼく、チロだよう」の音声表現をさせてみよう。動 作化を取り入れながら呼びかけさせてみよう。 蛮声または張り上げた声は、どうしても割れた声になって口頭の近くで 破裂してしまい、そこで留まってしまう感じの声になります。遠くへ突き刺 す・遠くへ届ける声になりません。遠くへ届ける声は、前方へ、遠く先へと 声を突き刺す感じにして音声表現させます。声が口の近くで留まってしまう ようではいけません。声を遠くへ届ける意識で呼びかけさせます。遠くへ突 き刺すつもりの呼びかけ声にして音声表現させます。 声がだんだん細く、小さくなっていく山彦の部分をどう音声表現すれば よいでしょうか。これは容易にはできません。何度かの繰り返し練習が必要 でしょう。 教科書の文章では、活字のポイントを「大」から「極小」へと変化させ て記述してある部分もあります。視覚化して分かるように工夫した書き方に なっています。チロの声が前方の山や谷間のかべに反響して、撥ね返ってく るわけです。撥ね返りの声がそのたびごとにだんだんと小さくなっていきま す。 子ども達は山彦を実体験しているでしょうか。チロの呼びかけ声が、 対面する山や谷間の壁に反響して撥ね返ってくる、それがまた向こうへ撥ね 返っていく、さらにそれがこちらへ小さなこだまとなって撥ね返ってくる、 というような山彦の現象です。トンネルの中とか、コンクリートが長くつづ いた細い階段の中とか、鍾乳洞の中とか、丸いドームの中とか、こうしたと ころでも同じような山彦体験をすることがあります。 いずれにせよ、山彦の音が撥ね返り、それを繰り返す、しだいに撥ね返 りの音が極小になっていく、こうしたことを実際に音声表現させてみること が必要です。 ●最後尾を群読で 最後尾の文章部分は群読形式の音声表現で楽しんでみるのもおもしろい でしょう。学級全員を等分して三つのグループ(A、B、C)に分けます。 チロ役をひとりだけ 別に選出します。 A なん日かたって、おばあちゃんから小づつみがとどきました。 B 中には、けいとのチョッキが、三まい入っていました。 C いちばん大きいのが赤。 A つぎが青。 B 小さいのは、赤と青のよこじまでした。 チロ あ、しましまだ。だあいすき。(笑顔で。喜色満面で。叫ぶ) C チロは、さっそくチョッキをきると、おかのてっぺんに大いそぎでか けのぼりました。 チロ おばあちゃあん、ぼくはチロだよう。しましまのチョッキ、ありがと う。 (感謝の気持ちいっぱいで。大声で呼びかける。椅子の上に立つと か、高さの場面を構成をする) A おばあちゃあん、ぼくはチロだよう。しましまのチョッキ、ありがと う。 (チロの声と同じ大きさにして、チロの音調をまねて、撥ね返ってき た山彦のこだまを、Aグループ全員で言う。) B おばあちゃあん、ぼくはチロだよう。しましまのチョッキ、ありがと う。 (二回目の撥ね返りこだまなので、Aグループのこだまの音の半分ほ どにしで、音調は同じにまねて、同じ言葉を、Bグループ全員で言 う) C おばあちゃあん、ぼくはチロだよう。しましまのチョッキ、ありがと う。 (三回目の撥ね返りこだまなので、声の大きさは極小にして、音調は 同じにまねて、細い小さな山彦の音の感じを出してCグループ 全員で言う) チロ あ、り、が、と、う。 (はぎれよく、一つ一つの音を区切って、間をあけて、スタッカート に言う。) 「(ありが)とう」の「う」は「お」と発音する。「オ列長音は 「お」と発音して、「う」と表記するきまり」だから。 四回目の最後の山彦・こだまは、4回も繰り返しが続くと冗長に なりやすいので省略する。四回目のこだまの繰り返しを入れたけ れば、入れてもよいが。 トップページへ戻る |
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