「相手に話しかけてる会話文」(A)と(B)    2011・10・28記




  「相手に話しかけている会話文」
              の音声表現





「相手に話しかけてる会話文」とは


  「相手に話しかけている会話文」とは、物語の中で作中人物が誰かと語
っている会話文です。ですから音声表現の仕方は、作中人物が語っている、
しゃべっている音調にして読むことになります。作中人物になったつもりで
音声表現します。話し手の気持ちに入り込んで、なりきって、語っている音
調で音声表現します。話し手の表現意図を押し出して語っていきます。
  大声で、小声で、熱っぽく、静かに、ぼそぼそとなど、いろいろな語り
方があります。人物がどんな伝達意図を持って、どんな気持ちで話している
かを推量すると、しぜんとどんな音調にして話せばよいかが分かってきます。
だれが、だれに、どんな場面で、どんな状況の中で、どんな心理感情状態で、
どんな伝達意図を持って、相手にどんな期待を持って、話しているかをはっ
きりさせることです。そうすると、場面にふさわしい音声表現ができるよう
になります。

二種類の「相手に話しかけている会話文」
「相手に話しかけている会話文」には、二種類があります。

(A)通常の、改行し独立個所に書いてある、カギカッコつき「相手に話し
   かけている会話文」


(B)地の文にはめこまれて書いてある、カギカッコつき「相手に話しかけ
   ている会話文」



  では、実際に具体的な文例で調べてみましょう。音声表現の仕方も調べ
ていきましょう。初めに(A)を書き、次に(B)を書きます。




  
(A)通常の、改行し独立個所に書いてある
      カギつき「相手に話しかけてる会話文」



通常の、カギつき「話しかけ」会話文(1)


 「ごんぎつね」(新美南吉、4年生)に、次のような「相手に話しかけ
ている」会話文があります。

「そうそう、なあ、加助。」
 と、兵十が言いました。
「ああん。」
「おれあ、このごろ、とても不思議なことがあるんだ。」
「何が。」
「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりや松たけなんか
 を、毎日毎日くれるんだよ。」
「ふうん、だれが。」
「それが分からんのだよ。おれの知らんうちに置いていくんだ。」
 ごんは二人の後をつけていきました。
     

【解説】兵十と加助の二人が野道を並んで歩きながら、語り合っています。
兵十は「どうも不思議なことがあるんだ。どうしてなんだろうね」という不
可解な気持ちで、加助に問いかけて質問しています。不可解な気持ちで問い
かけている音調で音声表現するのがポイントとなるでしょう。
  一方の加助は、「へえ、そんなことがあるの。おかしなこともあるもの
だね。奇妙なことがあるものだね。」と、半信半疑の気持ちで応答してしま
す。「信じられない、不思議なこともあるものだね」という音調で音声表現
するとよいでしょう。
  ここの場面は、会話文が連続しています。連続する会話場面は、やりと
りしている雰囲気を出すことがとても重要です。一つ一つの会話文がバラバ
ラになってはいけません。ここの場面では、兵十は疑問を投げかける、加助
は返すという構図になっています。疑問を投げるタイミングや語勢や全体の
語調、それを受けて返すタイミングや語勢や全体の語調が大切となります。
二人はどんな気持ち、思いで語り合っているかを想像して音声表現するとよ
いでしょう。




通常の、カギつき「話しかけ」会話文(2)

 「わらぐつの中の神様」(杉みき子、5年生)に次のような「相手に話
しかけている」会話文があります。

「うへえ、冷たあい。お母さん、どうするう。」
「新しい新聞紙とかえてごらん。ひものところも、しっかりくるむようにし
 てね。あしたまでには、なんとかかわくだろ。」
「かわくかなあ。なんだか、まだびしょびしょみたいだよ。」
  すると、茶の間のこたつから、おばあちゃんが口を出しました。
「かわかんかったら、わらぐつはいていきない。わらぐつはいいど、あった
 かくて。」
「やだあ、わらぐつなんて、みったぐない。だれもはいてる人ないよ。だい
 いち、大きすぎて、金具にはまらんわ。」

                   
【解説】会話文の音声表現でいちばん先に明確にしておくことは、誰と誰が
話しているかです。まず人物名をはっきりさせましょう。ここの場面では、
マサエと母親とおばあちゃんの三人です。マサエは、ちょっと離れている場
所にいる母親に質問しています。やや大きめの声で、呼びかけ調で、やや離
れている母親に質問しているような語りかけです。
  母親は、ていねいに、やさしく教えているという感じで応答するとよい
でしょう。
  おばあちゃんは、母親と同じ語り音調でしょうが、方言が入っています。
おばあちゃんの語り方は、むりにしわがれ声をつくる必要はありませんが、
ゆっくりめの話し方のほうが感じが出るでしょう。
  この作品は、五年生教材です。児童たちは、マサエが自分たちと同学年
と考えて読み進めていくでしょう。マサエは、五年生の快活で活発で元気の
いい女の子の語り方にして、やや高めの声立てにして音声表現するよいでし
ょう。連続する会話文の音声表現は、やりとりしている、受けて返している
間合い・タイミングや音調や語勢、そうした雰囲気を作ることに気をつかっ
て読むことが大切です。




通常の、カギつき「話しかけ」会話文(3)

 「三年とうげ」(李錦玉、3年生)に次のような「相手に話しかけてい
る」会話文があります。

「おいらの言うとおりにすれば、おじいさんの病気はきっとなおるよ。」
「どうすればなおるんじゃ。」
「なおるとも。三年とうげで、もう一度転ぶんだよ。」
「ばかな。わしに、もっとはやく死ねと言うのか。」
「そうじゃないんだよ。一度転ぶと、三年生きるんだろう。二度転べば六年、
 三度転べば九年、四度転べば十二年。このように、何度も転べば、うんと
 長生きできるはずだよ。」
「うん、なるほど、なるほど。」


【解説】見舞いに来たトルトリとおじいさんとの連続している対話の会話場
面です。トルトリは「心配するに当たらない、元気を出して」と明るい声で
おじいさんを元気づけています。おじいさんは「もう三年しか生きられぬ」
と信じ込んで病気の床にふせ、意気消沈しています。二人の気持ちの違いが
対比的に音声に表れ出るように音声表現することがポイントです。
  ここの会話文指導で、トルトリの気持ちはどうか、どんな話ぶりかと細
かく詮索して理屈で発表させるのはよい指導とは言えません。それよりか、
二人の気持ちになって、二人の会話文を、実際に音声表現させたほうが、こ
むずかしくでなく、身体に響かせて深く感じとって楽しく学習できます。 
二人の配役を決めて、掛け合いの分担読みをするのもよいでしょう。二人の
気持ちの違いを押し出しながら、やりとりの感じを出して役割音読すると場
面の臨場感が迫って楽しく深く読みとることができます。
  会話文の指導は、冷たく理詰めに理解させるよりも、実際に音声表現し
て、読み手の身体に響かせ、感情ぐるみで理解させたほうが楽しい授業がで
きるし、物語を好きにさせることもできるし、深い理解に導くこともできま
す。



通常の、カギつき「話しかけ」会話文(4)

「大造じいさんとガン」(椋鳩十、5年生)に次のような「相手に話しか
けている」会話文があります。

「おうい、がんの英雄よ。おまえみたいなえらぶつを、おれは、ひきょうな
やり方でやっつけたかあないぞ。なあ、おい。今年の冬も、仲間を連れてぬ
ま地にやってこいよ。そうして、おれたちは、また堂々と戦おうじゃあない
か。」


【解説 】大造じいさんは、花の木の下に立って、大きな声で残雪に呼びか
けています。残雪が北へ北へと飛び去っていく姿を見つめながら、愛情たっ
ぷりに挑戦状を投げ与えています。おじいさんが、残雪にむかって、「残雪
よー、おーい、来年もー来いよーー」と呼びかけている音調で全体を音声表
現するとよいでしょう。
 「おうい、ガンの英ゆうよ。」というセリフは、残雪の行動に感動し、残
雪を尊敬している気持ちで呼びかけています。この冒頭にある「おうい、ガ
ンの英ゆうよ。」という呼びかけの言葉、この呼びかけ音調を大事にして、
この呼びかけ音調をずうーと最後部「また堂々と戦おうじゃないか。」まで
引きずって語っていくようにするとよいでしょう。急がず、ゆっくりと、大
声で、区切りでは間をとり、呼びかけて語ってる音調を最後尾まで引きずっ
て音声表現していくようにします。




通常の、カギつき「話しかけ」会話文(5)

 「白いぼうし」(あまんきみ子、4年生)に次のような「相手に話しか
けている」会話文があります。

「ええと、どちらまで。」
「え?……ええ、あのね、なの花横町ってあるかしら。」

【解説】運転手さんと女の子とが対話している会話文です。「え?……え
え」の「……」個所は、女の子が言いよどんでいるしるしです。予想してな
かった突然の質問に、何をしゃべろうか、どう返答しようかと言葉に詰まっ
て、言い淀んでいます。言葉は出ていないが、話そうとする気持ちは続いて
おり、どう返答しようかと言葉を探しています。咄嗟に考えている無言の間
です。言葉を探しているちょっとの間を空けて読む必要がありましょう。
 例えば、次のような会話文個所があったとします。自作の思いつき例文で
す。
「言え。」
「………。」
「はやく言え。」
「………。」
「はやく言え。」

 この会話文の連続では、「……」は、咄嗟に言葉に詰まって「言い淀んで
いる」と捉えることができます。あるいは、わざと意識して、相手に反抗し
て言葉を発していないのかもしれません。いずれにせよ、沈黙している暫時
の間があります。
  二個所の無言の会話文を読むときは、暫時の間を空けて読まなければな
りません。どれぐらいの間を空けるかは、読み手によってかなり違ってくる
でしょう。この例文では、前後の意味内容が分からないわけですが、相手へ
の意識的な反抗からの沈黙ならば、5秒前後を空けても長すぎることはない
でしょう。言い淀んでいる間だとしても、それぐらい開けてよいでしょう。




通常の、カギつき「話しかけ」会話文(6)

 「一つの花」(今西祐行、4年生)に次のような会話文があります。

「一つだけちょうだい。」
これが、ゆみ子のはっきり覚えた最初の言葉でした。
     

【解説】ゆみ子が父母に話しかけている会話文です。ゆみ子が、母や父に、
伝達している、お願いしている会話文です。
  ゆみ子が生まれて最初に覚えた言葉が、「一つだけちょうだい。」であ
ったと、作者(語り手)が書いています
  第二次大戦後、食糧難の時代のことです。お米の代わりにさつまいも、
かぼちゃしか食べられなかった時代です。さつまいも、かぼちゃも、おなか
いっぱいに食べられなかった時代です。
  この冒頭第一文は、実際に話しかけている会話文ではないかもしれませ
ん。状況説明の地の文であるかもしれませんカギつき会話文で書かれていま
すが、地の文としての解説に使われている会話文でもあります。ですから、
地の文といってもよい性格を持っている会話文です。特別な会話文の使われ
方になっています。
  音声表現の仕方は、実際に語っているゆみ子の会話音調で音声表現して
もよいでしょうし、淡々と説明している地の文としての音調で音声表現して
もよいでしょう。わたしなら、ほんの軽く会話音調をつけて音声表現して、
すぐあとの地の文「これが、ゆみ子のはっきり覚えた最初の言葉でした。」
にすんなりとつながるように淡々と読みつなげていきます。この会話文に、
あまりしゃべり口調をつけた音声表現はしません。




  
(B)地の文の中にはめこまれている
         カギつき「話しかけ」会話文





  前述したように「相手に話しかけている会話文」には、
(A)改行独立個所にある「相手に話しかけている会話文」の外に、
(B)地の文にはさみこまれてるカギカッコつき「相手に話しかけてる会話
   文」もあります。
  以下では、後者(B)について具体的な文例で書いていきます。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(1)

 「モチモチの木」(斎藤隆介、3年生)に次のような「カギつき話しか
け会話文」があります。

 ところが、豆太は、せっちんは表にあるし、表には大きなモチモチの木が
つっ立っていて、空いっぱいのかみの毛をバサバサとふるって、両手を「わ
あっ」とあげるからって、夜中には、じさまについていってもらわないと、
一人じゃしょうべんもできないのだ。
 じさまは、ぐっすりねむっている真夜中に、豆太が「じさまぁっ」って、
どんなに小さい声で言っても、「しょんべんか」と、すぐ目をさましてくれ
る。いっしょにねている一まいしかないふとんを、ぬらされちまうよりいい
からなぁ。


 「や、木ぃ、モチモチの木ぃ、実ぃ落とせぇ」
なんて、昼間は木の下に立って、かた足で足ぶみして、いばってさいそくし
たりするくせに、夜になると、豆太はもうだめなんだ。木がおこって、両手
で、「お化けぇ」って、上からおどかすんだ。夜のモチモチの木は、そっち
を見ただけで、もう、しょんべんなんか出なくなっちまう。


【解説】地の文の中のカギつき会話文は、一般的には地の文の音調の流れに
そった読まれ方にすべきで、地の文と飛び抜けた会話音調にしてはいけませ
ん。文脈の流れによって、そうでない場合もありますが。
  ここの「モチモチの木」には、地の文にはめこまれた会話文が四つあり
ます。
(1)「わあっ」(大声で、驚かして言う)
(2)「じさまぁっ」(大声で、呼びかけ口調で言う)
(3)「しょんべんか」(大声でもよし、普通でよし、寝ぼけ声でよし)
(4)「お化けぇ」(おどかして、大声で言う)
  これら四つとも、文章の意味内容からして、右のかっこのように音声表
現してよいでしょう。文脈からして通常の会話音調にしてよいでしょう。地
の文の解説流れの中の音調にそうというより、通常の改行独立個所に書いて
ある会話文のようなつもりで読んでいってよいでしょう。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(2)

 「ヒロシマの歌」(今西祐行、6年生)に次のような「カギつき話しか
け会話文」があります。

 今いる島根の家は、死んだ主人の家で、主人の母、ヒロ子ちゃんの義理の
おばあさんに当たる人が、ヒロ子のことが気に入らないのだというのです。
死んだ本当の孫のことを思うにつけても、何かとヒロ子に当たるのだという
のです。そして、とうとうある日、「おまえは拾われた子のくせに……」と
いうようなことを、ヒロ子ちゃんに言っておこったのだそうです。
「やはり、本当のことを、もう言ったほうがいいのでしょうか……」
 お母さん手紙には、こう書いてありました。


【解説】ここには、二つのカギつき「話しかけ会話文」があります。
(1)「おまえは拾われた子のくせに……」
(2)「やはり、本当のことを、もう言ったほうがいいのでしょうか……」
 (1)は、(B)地の文の中にはめこまれているカギつき会話文です。
 (2)は、(A)改行し独立個所に書いてあるカギつき会話文です。
 (1)は、地の文前後の音調の流れの中にも、ちょっぴりと会話口調が浮
き立つぐらいでよいでしょう。軽蔑口調で大げさな読み音調はよくないでし
ょう。地の文の中にある会話文であるか、改行して独立した会話文であるか、
この区別はつけたほうがよいでしょう。ここでは、軽蔑の気持ちをこめても
よいでしょうが、言葉内容からして大声で言う性格のものでもありません
 (2)は、手紙文の中にある会話文です。ヒロ子のお母さんが「わたし」
に宛てた手紙ですから、女性の語りかけ、問いかけの口調をはっきりと出し
て音声表現してもよいのではないかと思います。これもやはり地の文の中に
はめこまれてある会話文ですから、そのへんは抑えなければなりません。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(3)

 「平和のとりでを築く」(大牟田稔、6年生)に次のような「カギつき
相手に話しかけている会話文」があります。

 原爆ドームを保存するか、それとも取りこわしてしまうか、戦後間もない
ころの広島では議論が続いた。保存反対論の中には、「原爆ドームを見てい
ると、原爆がもたらしたむごたらしいありさまを思い出すので、一刻も早く
取りこわしてほしい。」という意見もあった。


【解説】説明文の中にある、地の文の中にはめこまれた「カギつき語りかけ
会話文」です。この会話文は「一刻も早く取りこわしてほしい。」という主
張です。主張という内容からして小声で表現するのは似合わないでしょう。
地の文の中にはありますが、それなりの主張、訴えの音調・言いぶりのある
音声表現にしたほうがよいでしょう。
  保存反対論の中には「原爆ドームを見ていると、原爆がもたらしたむご
たらしいありさまを思い出すので、一刻も早く取りこわしてほしい」という
意見もあった。「  」の下で切れてしまわないようにします。「という意
見もあった」にすんなりとつながるように音声表現していくことが大切です。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(4)

 「雪わたり」(宮沢賢治、5年生)に次のような「カギつき相手に話し
話しかけてる会話文」があります。

 きつねの学校生徒が、みんなこっち向いて、「食うだろうか。ね。食うだ
ろうか。」なんて、ひそひそ話し合っているのです。かん子は、はずかしく
てお皿を手に持ったまま、真っ赤になってしまいました。

【解説】
 四郎とかん子は、きつねの学校にやってきました。かわいらしいきつねの
女の子が、きびだんごをのせたお皿をもってきました。きつねの学校の生徒
たちが四郎とかん子が、それを「食うだろうか。ね。食うだろうか。」と、
話し合っています。「ひそひそ話し合っているのです」と書いてあります。
ひそひそ声で、語り合ってるように音声表現しましょう。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(5)


 「わらぐつの中の神様」(杉みき子、5年生)に次のような「カギつき
相手に話しかけている会話文」があります。

 今夜は、お父さんはとまり番で帰ってきません。おふろ好きのおじいちゃ
んは、「この寒いのに──」と、みんなに笑われながら、さっきおふろ屋さ
んへ出かけていきました。  

【解説】地の文の中にはめこまれたカギつき会話文「この寒いのに──」が
あります。
  「この寒いのに──」は、地の文の中にはめこまれているカギカッコつ
き会話文です。カギカッコの会話文ですが、こんなに寒い夜なのにおふろ屋
さんに行くなんて、よっぽどおふろが好きなんだね、という内容の地の文と
して解説している文脈としての位置づけになっています。
  「この寒いのに──」は、誰かが言った会話文の引用として書いたるか
は、ここの場合は微妙です。わたしは、おふろ好きなお爺さんのいつもの行
動を説明している地の文でしかないように思うのですがどうでしょうか。わ
たしなら「この寒いのに──」を音声表現するときは、前後の全体の地の文
の説明文として「この寒いのに──」をほんの軽く会話音調をつけるだけの
地の文として読み進めていきます。あるいは、あからさまに誰かが「この寒
いのに──」と言ったとして、その音調にして浮き立たせて音声表現しても
かまわないとも思います。このへん、とても微妙です。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(6)

 「一つの花」(今西祐行、4年生)に次のような「カギつき相手に話し
かけている会話文」」があります。

 ところが、いよいよ汽車が入ってくるというときになって、またゆみ子の
「一つだけちょうだい。」が始まったのです。「みんなおやりよ、母さん。
おにぎりを──。」
    
 
【解説】地の文の中にはめこまれている二つのカギつき会話文があります。
「一つだけちょうだい。」と「みんなおやりよ、母さん。おにぎりを─。」
です。
  前者は語り手が、場面の様子を傍から「また、ゆみ子の一つだけちょう
だいが始まった」と、客観的に説明している地の文です。そういう事実があ
ったことを、語り手が読者に語り聞かせています。ゆみ子の「一つだけちょ
うだい。」が始まったんですよと、レポーターとなって場面の様子を報告し
ています。
  後者は語り手が、父親が「みんなおやりよ、母さん。おにぎりを─。」
と語った、と場面の様子を語って説明している地の文としての会話文です。
  前者は、場面の様子を傍から説明している完全な地の文としての性格を
もっていますが、後者は父親が母親にこんなことを話したという会話文とし
ての独立性を少しばかりというか、かなり持っているというか、そうした地
の文としての会話文です。
  ですから、この二つの音声表現の仕方は、前者はカギカッコがついてい
ますが、会話音調をつけないで、すんなりと淡々と説明して音声表現してよ
いでしょう。
  後者は父親が母親に実際に語っている音調にして音声表現するほうがよ
いでしょう。また、後者は淡々とした中にも少しばかりの会話音調がついた
地の文(解説している文)として音声表現することもできるでしょう。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(7)

 「ポレポレ」(西村まり子、4年生)に次のような「カギつき相手に話
しかけている会話文」があります。

 ポレポレというのは、スワヒリ語でゆっくりとか、のんびりという意味だ
そうだ。
 日本語で「ろうかを走るな」と言えば、「よけいなお世話だ」と、けんか
になるかもしれない。でもポレポレなら、なんとなくユーモアがあって、お
もしろい。
 それから、みんなはポレポレという言葉が気に入って、クラスじゅうでは
やりだした。
 そのうちに学校じゅうで、だれもが「ポレポレ、ポレポレ」と、口にする
ようになった。
 ひどいときには、ちこくをしてきて、先生に「どうかしたの」と聞かれて、
「ポレポレ」とごまかしたり、何かをして最後に残った者には、ポレポレ賞
があたえられた。


【解説】地の文にはさまれた「カギつき相手に話しかけている会話文」が五
つあります。前からじゅんばんに書きます。
(1)「ろうかを走るな」
(2)「よけいなお世話だ」
(3)「ポレポレ、ポレポレ」
(4)「どうかしたの」
(5)「ポレポレ」
 いずれも相手に語りかけている会話文です。でも、地の文の中にあるカギ
つき会話文ですから、通常の改行独立個所にあるカギつき会話文から比べた
ら会話口調が弱いと言えます。前後の地の文の文脈(音調)の流れがはみだ
さないように、軽く会話音調が浮き立つ程度にして音声表現するとよいでし
ょう。
 (4)と(5)とは、呼応の関係にある音調をわすれないようにします。




地の文の中にあるカギつき「話しかけ」会話文(8)

 「つり橋わたれ」(長崎源之助、3年生)に次のような「カギつき相手
に話しかけている会話文」があります。

 トッコは、
「ママ──ッ。」
かさなり合った緑の山に向かって、大きな声でよびました。すると、「ママ
──ッ」「ママ──ッ」「ママ──ッ」と、大きく、小さく、声がいくつも
かえってきました。そして元のしずけさにもどりました。

トッコは、山に向かってよびかけました。
「お──い、山びこ──っ。」
すると、「お──い、山びこ──っ。」という声が、いくつもおくつもかえ
ってきました。

「お──い、どこにいるの──っ。」
トッコはよびました。
 すると、林のおくから、
「お──い、どこにいるの──っ。」
という声が、聞こえてきました。

【解説】
  山彦の描写文です。いずれも冒頭に、大声の呼びかけがあり、つづいて
応答の山彦のこだまが書いてあります。山彦のこだまは、「相手に語りかけ
てる会話文」とはいえないかもしれません。特殊な例の「語りかけ」と言え
るかもしれませんが、分類としては、ここに入るしかありません。
  最初のトッコの呼びかけと、応答のこだまとは、声量にも語勢にも音色
にも違いがあって当然でしょう。トッコの呼びかけ声はとびぬけて大きく、
こだまのはね返りは小さく、低く、弱く音声表現すべきでしょう。
  配役を決めて分担読みをすると、子どもは喜びます。山彦の応答で、す
てきな場面を作ってみましょう。

次へつづく