第17章・小学生への読み聞かせ技術    2015・8・26記




 
第6節
 「立ち止まり読み聞かせ」の実践(幼稚園)





    目次
      二つの読み聞かせ法
      「立ち止まりなしの読み聞かせ法」とは
      「立ち止まりありの読み聞かせ法」とは
      名称について
      おことわり(1)
      読解でなく鑑賞を
      幼児言語研究会の読み聞かせ法
      幼稚園児への「立ち止まり読み聞かせ」の実践紹介
      『おふろ』の読み聞かせ報告(三歳児)
      『スガンさんのやぎ』の読み聞かせ報告(五歳児)
      村田先生のコメント
      おことわり(2)



        
二つの読み聞かせ法



 前章「読み聞かせの終わり方」で、読み聞かせの終わり方をどうするか?
大きく二つの方法がる、と書きました。「読みっぱなしで終わる法」と「読
みっぱなしで終わらない法」の二つです。
 では、読み聞かせ過程といいますか、読み聞かせの道中といいますか、実
際に読み聞かせをしている途中途中の読み聞かせ方は、どうするか? 
 これも大きく分けて二つの方法があります。
   「立ち止まりなしの読み聞かせ法」
   「立ち止まりありの読み聞かせ法」
 二つの方法は、学校・幼稚園・保育園の教師が数名ないし数十名を相手に
集団読み聞かせする場合にも、家庭で母親が自分の子ども一人を相手に読み
聞かせする場合にも、二つの中のどちらかが使われてます。
 二つの方法は、どっちがよい、悪いというものではありません。優劣とか
適否とかいうものはありません。どちらもよろしい、です。同じ教師・母親
でも、ときに「立ち止まりなしの法」で読み聞かせする場合もありますし、
ときに「立ち止まりありの法」で読み聞かせする場合もあります。



  
「立ち止まりなしの読み聞かせ法」とは



 「立ち止まりなしの読み聞かせ法」とは、絵本または物語本の文章を冒頭
から終末までひたすら音声にして読み聞かせしていくだけの方法です。絵本
の絵を見せたり、物語本の挿絵を見せたりしながら、文章の冒頭個所から終
末個所まで、ずらずらと、または、心を込めてイメージ豊かに読み聞かせし
て子どもの耳に届けていくだけの方法です。
 教師・母親が、場面の途中で立ち止まりながら、その場面を話題にしなが
ら子どもと対話することはしません。ストリーの途中途中で立ち止まって、
その場面について、出来事について、人物の行動について話し合うことはし
ません。ひたすら文章を音声にして子どもの耳に届けていくだけの読み聞か
せ法です。
 読み聞かせは国語科の読解指導のようになってはいけない、読み聞かせの
途中途中で感想を言わせたり、人物の気持ちを言わせたり、大意を言わせた
り、文章構成の分析を言わせたり、主題を言わせたり、これでは読書嫌いに
なってしまう、立ち止まって話し合う読み聞かせ法は邪道である、という考
え方があります。
 子どもが本を読むのは、ただおもしろいからである、おもしろいから自分
から進んで本を読むようになるのである、心をときめかして物語世界に入り
込み、どきどきびくびくしながら物語を享受していく読み聞かせ方がベスト
である。立ち止まって、ごちゃごちゃと読解指導をしてはいけない、という
考え方があります。
 立ち止まって読解指導すると、本嫌いを作ってしまう。読み聞かせで文章
分析(語句註解、中心文、段落関係、文章構成、要約、大意、主題)などの
詮索をすると、子どもは本嫌いになってしまう。読み聞かせは、知識が増え
るから、勉強になるから、読解力が身につくから、勧善懲悪の道徳心が育つ
から、だから読み聞かせをする、などはとんでもないことである、立ち止ま
って読解指導をするのは邪道である、という考え方があります。
 読み聞かせをするのは、本を読むおもしろさを身につけるさせることにあ
る。本好きな子は親に隠れてでも本を読む、読み聞かせするのは、本好きな
子を育てるためにある、という考え方から、「立ち止まりなしの読み聞かせ
法」を推奨します。


 
 「立ち止まりありの読み聞かせ法」とは



 「立ち止まりありの読み聞かせ法」とは、読み聞かせをしている途中途中
で立ち止まって、その場面について、教師や母親と子どもが対話しつつ読み
聞かせしていく方法です。ストーリーの途中途中で立ち止まって、その場面
の出来事について、人物の行動や気持ちについて、子どもが思い浮かんだこ
とを言わせて、それについて語り合いつつ読み聞かせしていく方法です。
 ただし、国語科の読解指導のように教師の発問に導かれて、しつこく、根
掘り葉掘りと話し合うことはしません。その場面について子どもたちが、ふ
と頭に浮かんだつぶやき、思ったこと、反応コトバを出させて、発表させて、
その反応コトバを拾い上げて、教師・母親と子どもとが語り合っていきます。
 子どもの反応コトバ、つまり、その場面について、ストーリーのおもしろ
さ・楽しさからポッと頭に浮かんだ反応コトバを言わせて、それにのっかっ
て、それを話題の中心にして語り合いながら読み聞かせをしていきます。

 たとえば次のようにです。読み聞かせした絵本は、グリム童話『ブレーメ
ンのおんがくたい』(ハンス・フィッシャー絵、せたていじ訳。福音館書
店)です。読み聞かせした人は、大久保愛(国立国語研究所員)さんです。
東京・小川幼稚園の年長児クラスを借りて実施した記録の冒頭部分です。


教師
  読んであげているときは、思いつくことは何でも口にだして話していい
  です。だけど、みんな一斉に言ったらわからないですから、代わりばん
  こに話してくださいね。
子ども
  ハーイ。
  ワカッタ。
教師(絵本『ブレーメンのおんがくたい』の表紙を見せる)
子ども
  シッテル シッテル。
  ゲキデヤッタコトアル。
  ウチニアルヨ。
  コレ トビダスエホン アルヨ。
教師
  グリムという人が書いたのね。
子ども
  ボクモ シッテル。
  オカシノイエッテ アルヨ。
  グリムドウワシュウ アルヨ。
教師
  たくさん動物が出てくるけど、何と何でしょう。
子ども
  ロバ。イヌ。ラッパミタイ。ネコハウタウノ。
教師
  何を動物たちは持っていますか。ろばさんは?
子ども
  タイコ。
  イヌハ ラッパミタイ。
  ネコハ ウタ ウタウノ。
教師
  動物、うちで飼ったら、かわいがる?
子ども
  カワイガルヨ。
  ダケド オクバショ ナイモノ。
  ネコナラ、イイケド。
  ウチニ ネコ ニヒキ イル。
教師
  年とっても、かわいがる?
こども
  ウチ トシトッテルノガ イルヨ。
  トガアケラレナイカラ テンジョウミタイナトコロカラ デル。
  大久保愛『幼児のことばとおとな』(三省堂新書、1977)147Pより


 教師(大久保愛先生)が、読み聞かせ冒頭で園児にこう問いかけています。
この問いかけは、「立ち止まりありの読み聞かせ」を意識した問いかけコト
バです。

教師
  読んであげているときは、思いつくことは何でも口にだして話していい
  です。だけど、みんな一斉に言ったらわからないですから、代わりばん
  こに話してくださいね。
子ども
  ハーイ。
  ワカッタ。


 文章に反応して、浮かんだこと、思ったこと、挿絵を見て思ったこと、つ
ぶやき・ひとりごとしたこと、これら反応コトバを発表させ、それを話題に
して、子ども同士の意見の交流をしていこうと意図した教師の問いかけコト
バです。
 この問いかけは、絵本の絵を見せ、文の読み聞かせだけで終わるのでなく、
教師と園児との楽しい語り合いをしながら読み聞かせしていこうと、園児の
反応コトバを引き出そうと意図しています。子どもの興味関心から発した反
応コトバを大事に拾い上げて語り合っていくためのものです。教師・母親の
意図的誘導が自然に入り込むことにはなりますが、子どもの主体的な反応コ
トバを取り上げて楽しく語り合っていくための問いかけコトバです。「思い
つくことは何でも口にだして話していいです」という問いかけは、「立ち止
まりありの読み聞かせ」を成立するに必要な重要な問いかけです。
 子どもが絵や文章に反応したこと、つまり、感応したこと、共感を覚えた
こと、触発された事柄、おもしろい、つまらない、驚く、悲しむ、疑問や質
問したいことなどを発言させ、それらを取り上げて、そこから全員で語り合
っていく読み聞かせを組織しようとしています。読み聞かせのところどころ
で立ち止まって全員で感じとったことを対話しようとしています。



          
名称について



 わたしはこれまで「立ち止まりなしの読み聞かせ法」とか「立ち止まりあ
りの読み聞かせ法」とかの名付で説明してきました。何となく理屈っぽくて、
しつめんどくさい名付だなあと思いながら書いてきました。
 日本では従来から使われている「読み聞かせ」というコトバは、ただ文章
を読み聞かせるだけの、つまり、「立ち止まりなしの読み聞かせ法」のこと
を「読み聞かせ」と呼んできたように思われます。「読み聞かせ」といえば、
立ち止まって語り合うことなし、ただ文章の冒頭から終末まで読み聞かせる
だけ、それで終わり、という「立ち止まりなしの読み聞かせ法」が、これま
で「読み聞かせ」と呼ばれてきたように思われます。
 「思われます」と書きましたが、そういう理解の仕方が一般的だったと、
わたしは理解しています。実際は、読み聞かせの途中途中で立ち止まって語
り合うこともあったでしょうし、文章終末の読み終わりで、何かしら子ども
から感想や意見や疑問を発表させたりすることもあったでしょう。それでも
「読み聞かせ」といえば冒頭から終末まで読み聞かせるだけ、それで終わり
の読み聞かせ法を一般的にさしていたように理解しています。
 この理解の仕方は、私だけでなく、大久保愛『幼児のことばとおとな』
(三省堂新書、1977)を読むと、同じようなことが書かれています。一般的
に使われている「読み聞かせ」というコトバの理解のしかたは、わたしだけ
でないことが分かります。


 幼児は絵本や童話を母親に呼んでもらうのが好きです。と言っても、ここ
で述べるかっこつき「読み聞かせ」は、母親が自分の子ども一人を相手に読
む方法というよりも、幼児のことば教育の一環として、保育園や幼稚園で体
系的に行える集団での方法です。(中略)。かっこつき「読み聞かせ」とし
たのは、最近、昔からいわゆる朗読、あるいはただ絵本を幼児に読み与える
ことを読み聞かせと名づけて使われているので、それとは違うということを
強調したかったからです。
           
大久保愛『幼児のことばとおとな』 134Pから


 大久保愛(国立国語研究所員)さんは、「昔からいわゆる朗読、あるいは
ただ絵本を幼児に読み与える」読み聞かせを、かっこつき「読み聞かせ」と
名付けています。そして、言語教育としての読み聞かせ法、つまり、「立ち
止まりありの読み聞かせ法」の重要性を主張しています。
 大久保愛さんは、かっこつき「読み聞かせ」と名付けているものを、わた
しは「立ち止まりありの読み聞かせ法」と名付けて、これまで書いてきまし
た。また、次節の参考資料(1)で引用していますが、関可明先生はそれを
「読み聞かせ総合法」と名付けています。
 名付けとか名称とか呼称とかは、どうでもいいことです。たいした問題で
はありません。上の三人とも、そうしたニュアンスで名付けを使用し、記述
しています。読み聞かせの区分けを説明していくときにどうしても必要とな
ってくるので、各人がよいと思う名付け方を思い思いに使っているにすぎな
いのです。
 ここで名称にこだわるわけは、読み聞かせをしていく途中途中で立ち止ま
って教師・母親が子どもと語り合う、そうした「立ち止まりありの読み聞か
せ法」を特立させたかったからです。これまで、こうした区分けはありませ
んでした。通常「読み聞かせ」と言っているものには二種類があり、「立ち
止まりなし」だけでなく「立ち止まりあり」があって、二つを区別して記述
する必要があったからです。通常の「読み聞かせ」から「立ち止まりなし」
だけでなく、「立ち止まりあり」の存在意義を特立させたかったからです。
 本稿でわたしが主張している「立ち止まりあり」の読み聞かせ法は、子ど
もが主体的に反応し、積極的に意見を述べる読み聞かせ法です。「立ち止ま
りなし」の読み聞かせ法のようにただ読み聞かせられるだけの受動的な受け
取り読み聞かせ法だけではない、ということを強調したかったからです。教
師の発問(問いかけ)中心で、教師の発問に子どもがひたすら答えるだけと
いう読み聞かせ法ではありません。教師の発問中心の読解指導のような読み
聞かせ法ではありません。
 子どもの積極的な反応コトバを大事にした読み聞かせの方法です。挿絵や
文章に積極的に反応したコトバを拾い上げ、語り合っていく読み聞かせ法で
す。そうした読み聞かせ法を明確に取り出して独立させたかったからです。
こうした読み聞かせ法の有効性を主張したかったからです。単に受け取るだ
けの「立ち止まりなしの読み聞かせ法」と区別したかったからです。



         
おことわり(1)


 名称については、こういうことですが、「立ち止まりありの読み聞かせ
法」とか「立ち止まりなしの読み聞かせ法」とかの名付け方は何となく理屈
っぽくて、くどすぎて、もってまわった言い方です。しっくりしません。落
ち着きがありません。
 それで、ここからは、「あり」を「立ち止まり読み聞かせ」と名付け、
「なし」を単に「読み聞かせ」と名付けて記述していくことにします。



       
 読解でなく鑑賞を


 わたしは、「立ち止まり読み聞かせ」における教師・母親と子どもとの語
り合いの内容は、読解でなく鑑賞であるべきだと考えます。これは読み聞か
せ一般にいえることです。読解とは、読み聞かせを通して、読みとり能力を
高める・読みとり方はこうするの技術を身につける指導です。鑑賞とは、多
様な人間社会を理解する・人文理数の知識を豊富にする指導です。
 もちろん読解なくして鑑賞はないわけですが、「立ち止まり読み聞かせ」
では、読解主体でなく、鑑賞主体の内容で語り合うべきだと思います。読解
は話し合いの素材として無意識裡に作動しているわけですが、話し合いの前
面には一人一人が作品世界から触発された心中に強く感じとった、発意、印
象、所感、感銘、観念などが話し合われるべきだと思います。場面から突出
して浮かんできたこと、聞き手の胸にすとんと落ちてきたこと、おやっ、ど
きっ、びくっ、へんだ、おかしいな、何でそうなの? そりゃぁいかんよ、
などと思ったことなどから話し合いが始まるとよいと考えます。
 内容の分析的精査よりは、内容の総合的概括に重点を置くようにします。
文章吟味(語句註解、構文分解、中心文、段落関係、文章構成、要約、大意、
主題など)よりは、作品世界(事件、出来事、人物行動など)から受け取った
感銘(強く感じて心に残ったおもしろさ、楽しさ、こっけいさ、悲しさ、哀
れさ、怒り、めずらしさ、同情、反感など)が語り合いの中心になるべきだ
と思います。
 内容の分析よりは内容の総合に話し合いの中心がおかれるべきです。文章
の吟味よりは一人一人の鑑賞享受に、筋道だった理屈での説明よりは、これ
は「おもしろい」と感じ、「つまらない」と思い、「よい」と感じた所感を
よりどころに触発され、突出してきた事柄について語り合うようにします。
 作品世界から受け取った初発の主観的な興味関心を土台に、その時点で、
聞き手(読み手)が喜び、興奮、感動、釘づけになった事柄を素直に出し合
って、そこから話し合っていくようにします。作品世界を味わい楽しむ意識
が前面を占め、自分の感覚的な印象、個人的な所感や感銘を語り、他人のそ
れら内容に耳を傾け、相互に意見を交流することに話し合いの重点がおかれ
るべきだと思います。
 子どもがパッとひらめいたライブな気持ちを素直にだして語り合っていく
ようにします。理路整然とした論理的結合よりも、何となくぼんやりとして
はいるが、直截におもしろい、楽しい、悲しい、哀れと感じとった気持ちの
リアリズムを率先させて語り合っていくようにします。ある場面では陽気に、
ある場面では暢気に、ある場面では深刻に感じとった真っ直ぐなコトバを出
させていくようにします。分別くさい、予定調和な感想意見でなく、子ども
(幼児、児童)の本能的な印象、感銘、感動、疑問を、幼稚であってもライ
ブな生きざまが刻み込まれているナマなコトバを出させて、語り合っていく
ようにします。自由奔放で、わがままで、気分屋な初発の感想・思いから語
り合っていくようにします。



    
 幼児言語研究会の読み聞かせ法



 わたしはこれまで読み聞かせ法の二種類について書いてきました。一つは
「文章の冒頭から終末までひたすら音声にして読み聞かせせるだけ、それで
終わり」という方法、もう一つは「文章の途中途中で立ち止まりながら、場
面について教師・母親が語り合う」という方法、この二つです。
 通常、「読み聞かせ」といえば前者を指します。それなので、わたしは後
者の読み聞かせ法をこれまで詳しく書いてきました。
 日本では、後者の読み聞かせ法を実践し、研究し、紹介してきた教育研究
団体があります。「幼児言語研究会」(略称・幼言研)です。「幼児言語研
究会」は、幼稚園や保育園の教師たちの集まりの研究会です。メンバーの一
人に前述で文献を引用紹介した大久保愛(国立国語研究所員)もいます。
 「幼言研」では、1973年から、わたしのいう「立ち止まり読み聞かせ
法」の実践研究が始まったそうです。「幼児言語研究会」の読み聞かせ法を
もう少し詳しく知るために前述している、大久保愛『幼児のことばとおと
な』(三省堂新書、1977)からさらに引用することにします。読み聞かせの
順序について次のように書いています。


 次に教師の読む順序及び方法について述べます。
(1)題名よみ
  作品にとって題は顔です。題を見るとその本の内容が想像できます。表
  紙の絵を見せながら題を読んで、幼児に絵から想像できる内容を考えさ
  せ、言わせます。
(2)予想・見通し
  話がどのように展開するかを幼児に想像させて言わせます。
(3)表象化
  絵本の場合は絵を見ながら絵の話を幼児にさせて、話のイメージを豊か
  に想像させます。童話の場合は、どんなイメージが浮かんだかを話させ
  ます。
(4)立ち止まり
  絵本・童話を教師は十分に読んで、その文章を立ち止まって語り合うた
  めの個所を前もって決めておきます。絵本などは多くは見開きの読み聞
  かせあとで立ち止まりますが、必ずしもその限りではありません。子ど
  もたちが積極的に反応し、発言するように指導します。子どもが何の反
  応も示さないときは、前向きのヒントを与えることによって、その場面
  をありありと意識させます。むずかしいことばなども立ち止まり個所で
  しますが、気づかせる程度にとどめたいと思います。
(5)話し合い
  感動を大切に胸中に留めておくだけというという教師もいるでしょう。
  ですが、言語教育としての「読み聞かせ」の方法で絵本を読み与えた場
  合には、みんなで、いま聞いた話の感想を述べたり、意見や批判を出し
  合って話し合いしてみましょう。年長の後期には十分にできます。
(6)あとしまつ
  読み聞かせが終えた本は教室に備えておく。一部と言わず数部をそろえ
  ておくと取り合いっこにならない。劇化できる本は劇化する。読み聞か
  せで聞いた話を、先生やみんなの前で幼児が再生話をして聞かせる。
    大久保愛『幼児のことばとおとな』(三省堂新書、1977)137ぺ


 また、大久保愛先生は、同書で、読み聞かせする場合の「教師の態度」に
ついて次のように書いています。


 第一に教師に要求したいのは、幼児に絵本や童話を能動的に向かっていく、
積極的な構えを植えつけてほしいということです。このような構えは、教師
が読み聞かせを実践していくうちに、幼児に次第に養われていくものです。
 第二には、教師は、子どもから湧き出る感動とか疑問を大切に扱ってほし
いことです。
 第三には、文学を味わう鑑賞力を教師はたえず磨いてほしいと思います。
 第四には、読み聞かせは、教師の肉声が本の内容のよさに劣らず幼児の感
銘を左右します。読み方の工夫が大切です。自分では自分の欠点をなかなか
見つけられません。テープレコーダーに吹き込んで、それを再生して反省の
材料にしたり、教師どうしで絵本を読む練習をして、欠点を指摘してもらう
ことはよいことです。
 教師の読み方の欠点としてよく言われる「助詞りきみ」「泣かせよみ」
「心電図よみ」はやめたいものです。「助詞りきみ」とは、「わたしは」
「山で」と、赤字の助詞の部分に力を入れて発音することです。「心電図よ
み」とは、話の調子の高低、あるいは強弱がはげしく、波型をなしている読
み方です。      大久保愛『幼児のことばとおとな』 140ぺより



  
幼稚園児への
   
「立ち止まり読み聞かせ」の実践紹介



 わたしは、幼児言語研究会に幾度か参加して勉強させていただいたことが
あります。幼言研夏季集会では、シンポジュームのパネラーとして参加して
意見を述べたこともあります。
 本稿では幼言研で熱心に読み聞かせ実践を重ねていたひとり、村田知子
(白梅幼稚園長)先生の実践報告を紹介します。村田先生がわたしに「読
み聞かせというコトバは、どことなく押し付けがましくてしっくりしない。
「読み語り」とか、「語り読み」とかの用語のほうがいいと思うんだが、ど
うでしょうか」と語ったことを、いま思い出しました。もう三十数年前のこ
とです。
 本稿では、村田先生の絵本の読み聞かせ2冊分を紹介します。絵本『おふ
ろ』と、絵本『スガンさんおやぎ』の2冊です。「立ち止まり読み聞かせ」
の実践報告です。全ページの報告をすると長文になるので、見開き場面の数
ページを選択して、教師と園児たちとの語り合いを紹介します。
 園児たちが先生の読み聞かせ内容に思い思いに反応し、嬉々として遊び戯
れ、のびのびと、自由闊達に所見を積極的に発表しているところを読みとっ
ていただければありがたいです。こうした読み聞かせ法のよさを感じとって
いただければと思います。
 ぜひ、絵本『おふろ』をそばに置きながら、絵本と下記報告とを相互に見
比べながらお読みいただければありがたいです。『おふろ』の表紙は、15セ
ンチ×15センチで小さな絵本です。




   
『おふろ』の読み聞かせ(三歳児)




○指導者    村田知子(白梅幼稚園長・東京都)

○読み聞かせした絵本
  『おふろ』(福音館書店、1991)
        文・山元護久  絵・加藤晃

○対象児    三歳児(男7名、女8名)

○実施時期   二学期後半

○実施場所   保育室カーペットの上


      
 ○読み聞かせの記録○


教師 きょうは、私がみなさんに、絵本を読んであげます。私がみなさんに
   たずねたら、知っていることは、どんどんおはなししてくださいね。
園児 はーい(一斉に)
園児 知ってることは、お話しする。

教師 ほら、こんな小さな絵本、見たことある?
園児 ある、ある。  
園児 はーい。
園児 おうちにあるもん。
園児 うさぎのついてるの。

教師 そう。今、みんなおふろごっとして遊んでいるでしょう。
園児 はーい。
園児 あそんでいる。
園児 大きい、つくった。お風呂に入るの。
園児 はこのあふろね。

○絵本の表紙を見せる○

教師 この絵本も、お風呂の絵本なのよ。こんなお風呂、見たことある?
   <題名読み>
園児 うちのお風呂と違う。
園児 うちの、四角なの。
園児 ピンク色。
園児 そう。

○P9 洋服を脱いでいる場面を開いて立ち止まる○

教師 一人で洋服をぬげる?
園児 ハーイ(一斉に)
園児 ぬげるもん。
園児 ぼく、プールへ行ったとき一人で脱いだよ。
園児 水泳パンツも買ってくれて、久米川のプールへ行って泳いだんだよ。
園児 サメーランドのプールへ行ってね。
園児 えっ? サメーランド? サマーランドだろっ。
園児 うん、サマーランド。

○P31 父親と一緒に湯船に入ってる場面を開いて立ち止まる○

しばらく絵だけを見せる<表象化>
教師 だれと入ってる?
園児 お父さん(一斉に)
園児 あひるのおもちゃ。
園児 タオル、こんなに、こんなにしてさァ。
教師 二人とも、どんな気持ちかしら。<感想。意見出し>
園児 あったかーい気持ち。
園児 うん、あったかーくて……。
園児 いい湯だな〜、ハハア〜。いい湯だな〜(と、歌が出る)

○父親がどらおやーをかけている場面を開いて立ち止まる○

教師 お父さん、なにやってるの?
園児 お父さん、ドライヤー。
園児 あなね、お母さんもやるの。
園児 わたしとこやさん。やったことある。
園児 とこやさん、お母さんと行くよ。
園児 くすがったーいんだから。

○P47 最終ページお風呂の絵を見せて○

教師 本文を読む。
   「これで、おふろはあしまいです。だから、おふろのはなしも これ
    で おしましです。」
園児 もう一回よみたーい。
園児 みせて!
園児 もう一回。
教師 みんなの部屋に、同じ本が3冊あります。おもしろいから、みんなで
   また見てね。
園児 わあー (子どもたち、寄ってきて、3冊全部持っていく)

 以上『おふろ』の部は、すべて
  大久保愛編著『保育言語の実際』(建帛社、昭56)からの引用です。




『スガンさんのやぎ』の読み聞かせ(五歳児)




○指導者    村田知子(白梅幼稚園長・東京都)

○読み聞かせした絵本
  『スガンさんのやぎ』(偕成社、1966)
    さく・ドーデー  ぶん・きしだえりこ  え・なかたにちよこ

○対象児    五歳児(男17名、女13名)

○実施時期   二学期中頃

○実施場所   図書室カーペットの上


     
 ○読み聞かせの記録○


教師 今日は、この本を読みます。思ったことは、順番のどんどん話してく
   ださいね。

○絵本の表紙を見せる<題名読み>○

教師 題名「スガンさんのやぎ」と読む。どんなお話だろうね。
園児 あっ、やぎだあ。
園児 スガンさんのやぎだ。(字が読める子)
園児 かわいいね。
園児 やせてるみたい。
園児 スガンさんのやぎのはなし。
園児 やぎ、すずつけてるよ。
園児 チリン、チリンって。
園児 ならないよ。

○扉絵を見せる<表象化>○
   
園児 おじいさんが、やぎに草を食べさせているの。
園児 ながぐつはいてる。
園児 おじいさん、やさしそう。
教師 そう、やさしそうね。やぎはどう?
園児 やせっぽち。
園児 まだ子どもだね。
園児 ちびだよ、ちび。

○P7〜8 スガンさんと、うさぎのブランケットが遠くの山を見て話し
 合っているところ○


教師 おじいさんと、ブランケットは、何を話しているの?
園児 ブランケット……みてる
園児 おじいさんが見てるの?
園児 山へ行こうってさ。
園児 ブランケット、おじいさんにあまえているみたい。

○教師、本文「あさ、おちちをしぼるとき、ブランケットは、いいまし
    た。………「わたしをいかせてくださいやまのなかに」を読む。
    <意見出し>


教師 どうしてこんなに山へ行きたがるの?
園児 草たべたいから。
園児 それに森には人間がいないから。
園児 それだし、小屋の中はせまいもん。
園児 とびはねたいから。
園児 だめ!
園児 だめだ!
教師 おおかみに食べられてもいい?
園児 食べられるのいやだ。
園児 角でついちゃえばいい。

○P17〜18での立ちまり。見開きの絵を見て、表象化する○

園児 夕方だよ。
園児 さびしそうだね、やぎ。
園児 これから暗くなって、かわいそう。
園児 かえれないの?
園児 うーん、山の中へどんどん入っちゃうもん。
園児 じゃ、迷子じゃないか。
園児 迷子、かわいそうだね。

教師 本文「かぜがつめたくなってきました。………ううう! ううお  
   う! おおかみのうなりごえがきなづいてきます」を読む。
    <予想 見通し>

教師 ブランケットはどうすると思う?
園児 帰ればいいよ。
園児 おおかみが来るから帰る。
園児 帰れないじゃないか。
園児 帰らないと、おおかみに食べられちゃうぞ。
園児 こわーい。
園児 あーこわいね。

○P23〜24の立ち止まり。ブランケットの後ろに狼がいる絵○

教師 本文を読む。「ブランケットは、かえりたくなりました。……ぎら 
   ぎらひかるふたつのめが、みえました。おおかみでした」
    <表象化>

園児 ほら、おおかみがいるよ。
園児 早くにげろよ。
園児 早く早く。
園児 食べられると死んじゃうよ。
園児 逃げないんだね。
園児 やぎ、つよいかなあ。
園児 おおかみのほうが強いにきまってるじゃないか。

○P29〜30での立ち止まり。やぎとおおかみの戦いの絵個所○

教師 本文を読む。「おおきなおおかみは、ゆっくりたちあがりました。 
   ………がんばろう。よがあけるまでがんばろう。」<表象化>

園児 あっ、やられる!
園児 つので、つので、やっつけちゃえ。
園児 おおかみなんか、死んじゃえ。
園児 おおかみ強いから、やられちゃうんだ。
園児 あっ、やられるよ。
園児 つかれたんだね。
園児 かわいそう。
園児 食べられちゃうよー。
園児 うんと力でおおかみをやっつけちゃおう。
園児 あのさー、やすんだらまたやるんじゃないの?
園児 ばんばんって力であのさあ、やすんだら、またやるんじゃないの。そ
   うだよ、きっと。
園児 おかなをチョキチョキきっちゃえば。
園児 つので、つのでがっとさしちゃうの。
園児 スガンさんの家へにげちゃうの。
園児 おおかみとびこえて、とびおりて、おおかみの背中へのっちゃうの。
園児 そして、おなかをぐさり……
園児 そんなことして、くわれちゃうね。


○P31・最終ページでの立ち止まり○

教師 本文を読む。「ほんとうのブランケットはあさまでたたかったので 
   す。そして、とうとううごかなくなりました。」

教師 このお話を見て、どんな気持がした?
園児 食べられたんだよ。
園児 くわれた!
園児 死んだんだよ。きっと。
園児 どうして死ぬのにいっちゃうのかなあ。
園児 かわいそうだね。
園児 うーんとね、かわいそうだね。
園児 やぎがかわいそうだった。
園児 おじいさんい、もう一度、連れて帰ってもらえばいいと思った。
園児 わたしはあっちにいかないよ。
園児 草がまずくなったら、とりかえてもらうの。
園児 たねまいて、おいしい草をたくさんつくる。
園児 でっかいやぎがきて、おおかみをやっつけるといいよ。

以上、『スガンさんのやぎ』の部は、すべて
  大久保愛編著『保育言語の実際』(建帛社、昭56)からの引用です。


 指導者の村田知子先生は、「おふろ」「スガンさんのやぎ」の読み聞かせ
たあとの子どもたちの様子について、自評の中で次のように書いています。


【村田知子先生のコメント】

 読み聞かせを終えての自評

 子どもの生活の大半は、遊びである。絵本によって得た共通体験で遊びの
イメージも共通して拡大、発展させていくことができる。計画的に文学とし
て取り上げる絵本のほかに、遊ばれている内容に合った絵本をタイミングよ
く提供すると思いがけない遊びに広がっていくものである。 
 子どもたちが大きな段ボールをお風呂に見立てて、中に入ったり、出たり
して、遊び始めた。遊びの合間に「おふろ」を読むと、絵本に出てきた場面
が遊びの中に取り入れられて「今、洋服、」ぬいでるところね」「お母さん、
石鹸、石鹸」「さあー、入ります」「ぬいぐるみのくまちゃんは、こっちの
小さいお風呂で洗ってあげるね」など、会話が飛び交って、お風呂場は大入
り満員になる。こんな場合は、2〜3日続けて、同じ本を、絵本を読む時間
に取り上げることもある。
 お風呂ごっことままごとごっこがつながって、お母さんが「Aちゃん、早
くお風呂に入って」「おとうさんもいしょにね」「うん」ふっと気がついて
みると、ハンカチを頭に上にのせて二人がお風呂に入っていたりする。
 「3びきのやぎのがらがらどん」「てぶくろ」などは、すぐ遊びに取り込
んで、「ごっこ」で遊ばれる。お面でも用意してあれば、テーブルの下、ま
まごとコーナーが「てぶくろ」の家に見立てられて「てぶくろに入っている
のはだあーれ」「わたしはうさぎよ。あなたは?」「わたしは犬なの、入れ
て?」絵本のなかのリズミカルな会話の繰り返しを楽しんで、来る日も、来
る日もあきもせずに遊びは継続される。
 園外保育に出たとき、橋の上を渡ろうとすると「ガタン、ゴトン」と足音
を立てて大きなやぎが橋を渡るイメージを再現する。「この下にトロルがい
るかもしれないよ」と、こわそうに橋の下をのぞき込む子どももいる。橋を
渡りながらあのドラマを想定し、やぎのがらがらどんに子どもは変身してい
るのである。
 集団で読まれた本は、どの子どもも登場人物を、同じクライマックスを、
共有してお互いに気持ちを交流させながら、虚構の世界と現実の世界を自由
に往来して遊びを提供してくれる。
     大久保愛編著『保育言語の実際』(建帛社、昭56)85Pより


 村田知子先生は、子どもの生活の大半は遊びである、読み聞かせられた場
面の一部が子どもの遊びの中にすぐに取り入れられる、ままごと遊びやごっ
こ遊びとなる、と書いています。劇遊びに発展させることもできる、とも書
いています。
 文学作品の中の一場面をごっこ遊びにして楽しむのは、幼稚園児や保育園
児だけではありません。小学生でもみられます。小学3年生の教科書に「モ
チモチの木」(斎藤隆介作)があります。「モチモチの木」の本文に次のよ
うな文章部分があります。

 「やい、木ぃ、モチモチの木ぃ、実ぃ落とせぇ。」
なんて、昼間は木の下に立って、かた足で足ぶみして、いばってさいそくし
たりするくせに、夜になると、豆太はもうだめなんだ。木がおこって、両
手で、「お化けぇ。」って、上からおどかすんだ。夜のモチモチの木は、そ
っちをみただけで、もう、しょんべんなんか出なくなっちまう。
          斎藤隆介「モチモチの木」(光村版教科書)から


 根本由美子先生(さいたま市立T小学校)の3年生の学級では、この文章
個所を指導した直後、子どもたちの遊びの中で次のような行動場面がみられ
たと書いています。(これについての詳細は、本ホームページの第10章にあ
る「浸り読みで言語感覚を育てる」を参照してください)


○「モチモチの木」にある文章の一部を日常の学校生活の遊びの中で「その
  まま」または「言い換え」の遊びに取り入れて楽しんでいた。

・「やいAちゃん、消しゴム貸してくれぇー」
・「やいB君、外であそぼうぜぇー」
・「ぼくは落ち着きがなくて、もうだめなんだあー」
・「C君ほどおくびょうなやつはない」
・「D君ほど力持ちで、やさしい男はない」
・友達の背後から突然に「おばけぇ……」と言って驚ろかして遊んでた。

○この文章個所を、教師から指名されて表現よみ発表するときに、一人一人
 がばらばらに下読みの音読練習するときに、次のような活動の様子が見ら
れた。

・「やい木ぃ、モチモチの木ぃ、実ぃ落とせぇ!」個所では、モチモチの木
  を見上げる動作をしながら、いばって、命令して読んでいた。
・片足で、じたんだを踏んで、催促しつつ読んでいた。
・「お化けぇ………」個所では、児童がモチモチの木の変身したつもりにな
  って、下を見下ろして、恐そうな顔で読んでいた。
・両手を上にあげ、驚かしているように「お化けぇ………」を読んでいた。
・「もうだめなんだ」を「もーー」と伸ばして、強く、ほんとにダメな感じ
  で読んでいた。
・「もうしょんべんなんか出なくなっちまう」を、楽しそうに、ここだけを
  何回も繰り返して、笑顔で、声に出すのがおもしろいという表情で読ん
  でいた。
・好きなフレーズ、おもしろい文句の一部だけを取り出し繰り返し音声表現
 して楽しんでいた。
・全体に、一字一字をていねいに拾って読んでいるというよりは、思いや気
 持ちをこめることを楽しみにして読んでいた。


 以上のように小学校低学年、幼稚園児は、ストーリーを楽しむだけでなく、
登場人物になったつもりで彼らの行動をからだで表現して楽しみ、日常生活
の遊びの中に取り入れています。まねっこ遊び、ごっこ遊びとなって楽しみ
ます。音読発表では身体表情をめいっぱいつけて遊びながら表現しようとし
ています。
 これら年齢の子どもは、ストーリーの部分的な場面刺激に感覚的に感情的
に強く反応する傾向があります。それを遊びの中に直ちに取り入れて楽しむ
わけです。絵本の中の人物たちは子どもの生活の一部にあり、遊び相手とし
て受け入れ、読みとる傾向があります。彼らは、登場人物は遊び友達として
みています。ストーリーの中に入りこんで自分も遊んでいるようです。



         
おことわり(2)



 「立ち止まりなしの読み聞かせ法」は、これまで多くの家庭で父母や祖父
母によって実施されてきました。幼稚園や保育園、小学校や中学校でも実施
されてきました。読み聞かせに関する雑誌や論文を読むと、「立ち止まりな
しの読み聞かせ法」の教育的意義や有効性についてたくさん語られてきてい
ます。
 ところが、「立ち止まりありの読み聞かせ法」の論文や実践報告について
は、わたしはこれまで聞いたり読んだりしたことがありません。「たちどま
りなし」に較べて「立ち止まりあり」の読み聞かせ法は、本格的に取り上げ
て論じられていないように思われます。
 それで本節と次節で「立ち止まりなし」について特化して詳しく書いてい
るわけです。実際は、立ち止まりの回数の多少はあっても、「立ち止まりあ
りの読み聞かせ法」は意識せずに家庭では母親がわが子に、幼稚園や学校で
は教師たちが園児や児童へ実施しているのだと思われます。ところがそうし
た実践報告が目にすることがありません。
 それでわたしは本節と次節で「立ち止まりなし」に特化して取り上げて書
いているわけです。本節と次節で「立ち止まりなし」の、こういうやりかた
がありますという例を詳しく紹介しているわけです。子どもたちが読み聞か
せられた文章に積極的に反応し、楽しく嬉々として語り合いながら読みすす
めていく、読書嫌いにならない、読書好きにする「立ち止まりなしの読み聞
かせ法」を取り立てて紹介しているわけです。
 わたしは「立ち止まりなし」が良い悪いとか、「立ち止まりあり」が良い
悪いとか、一方を否定し、他方を肯定しているわけではありません。両方と
も、すばらしい読み聞かせ法だと確信しています。その上で「立ち止まりな
しの読み聞かせ法」を特化して紹介しているわけです。


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