音読授業を創る そのA面とB面と         2011・9・26記




     
模倣読みは効果的指導法の一つです




             
はじめに


  春風亭柳昇(落語家)著『寄席花伝書』(青也コミュニケーションズ刊、
平成12)にこんなことが書いてありました。
  
「かなり以前親戚の青年が歌手になりたいと言うので、どんな人が歌手
に成功するかと北島三郎さんに聞いたことがある。「人の歌の真似ができな
いようでは駄目ですね」といった」
と。
  これを読み、わたしは音声表現の上達に関して示唆に富んだ話だと思い
ました。これは、演歌だけでなく、音読・朗読・表現よみにも、落語や漫談
や講談や浪曲や曲芸や奇術や歌舞演芸の上達などにも言えることだと思いま
す。
  次も、同じようなことですが書きつづけましょう。
  中村梅雀(歌舞伎俳優)さんが、テレビ番組で、日本舞踊の師匠から
「下手な師匠に十年習うより、うまい師匠に一年習う方がいい」と聞かされ
て、自分の娘には一流のものを見せ、経験させている」
と語っているのを視
聴したことがあります。
  丸谷才一(作家)著『文章読本』(中公文庫)には
「作文の極意はただ
名文に接し名文に親しむこと、それに尽きる。」
と書いてありました。文章
がうまくなるには、名文に触れることだ、名文を繰り返し読むことだ、名文
を模倣することだ、とはよく言われてることです。
  貝原益軒(江戸時代の儒学者)著『和俗童子訓』(一七一〇初版)には
「うぐひすのひなをかふに、はじめてなく時より、別によくさえづるうぐひ
すを、其かたはらにをきて、其音をききならはしむれば、必よくさえづりて、
後までかはらず。是はじめより、よき音をききてならへばなり。」
と書いて
あります。さえずりが上手なうぐいすを傍らに置いたヒナは、その鳴き声を
まねて美しい声で鳴くようになる、ということです。これは「模倣で習う」
「まねる力」の重要性について語っています。「模倣読み」も同じことです。


        
模倣読みを効果的に使おう


(1)一級品の読み声を聞かせよう

  第一級の読み声を聞かせることは、児童の音声表現の能力をのばす指導
にとても役立ちます。第一級の音楽を聞くこと、第一級の絵をみること、第
一級の劇をみること、第一級の歌を聞くこと、第一級の景色にふれること、
第一級の物語を聞いたり読んだりすること、第一級の表現よみを聞くこと、
こうした一級品に触れることで児童の美的感覚と鑑識眼が高まります。料理
人が、第一級の料理を食べたことがないのに、どうして第一級の料理と、そ
うでない料理とを識別する力を持つことができるでしょうか。これと同じこ
とです。

(2)まわりが下手な児童たちばかりでは伸びない

  模倣読みは、口移し読み、まね読み、おうむ返し読み、ものまね読み、
連れ読み、あと読み、なぞり読みなどとも呼ばれます。「まねる力」「わざ
をぬすみとる力」を育てよう。まわりが下手な読み声の児童たちばかりに取
り囲まれていては、いつまで経っても上達しません。周囲がどんぐりの背く
らべのレベルの児童たちばかりでは、上手な音声表現ができるようにはなり
ません。
  上手な音声表現を聞かせましょう。すると、いつのまにか聞き手の気持
ちがその作品世界の引きこまされている感覚を覚えることはよくあります。
聞き手の脳中に文章内容の共感性や融合性が起こり、読み手と文章内容とが
強い連続性で結びつくわけです。上手な読み声を聞いて「おや、上手な読み
声だな」と受け取るだけで終わってしまってはいけません。聞くだけでなく、
それを模倣することが重要です。模倣することで音声表現が上達していきま
す。模倣読みを授業の中に効果的に使っていくようにしましょう。

(3)わたしは、かつて模倣読みを軽蔑していた

  わたしは、模倣読みを軽蔑していた時期がありました。その理由はこう
です。
 「模倣読みは、他人の音声表現をそっくり模倣することだ。言い回しのテ
クニックだけをまねて覚えても生きて使えるものとはならない。模倣読みで
は子どもの創造的な表現力が伸びない。解釈深めをして、読み深まりに導き、
それから音声でどう表現すべきかを探る指導こそ大切だ。重要なことは読み
手がどう文章内容を解釈するか、それを読み手の身体にどう表象と感情を横
溢させ、身体に響いた音声として口頭から出させるかだ。テクニック(音声
化技術)だけまねてもだめだ」
ということからでした。
  わたしは当初は、模倣読みを、コピー読み、機械的まね読みなどといっ
て軽蔑していました。否定していました。「模倣は悪いことだ、独創はいい
ことだ」という考え方を持っていました。
  しかし、これは間違いであることに気づいた。独創は模倣から始まるこ
とに気づいた。すべて独創は、先人からの借用とその改変、創造的な剽窃的
行為から始まるということを知りました。模倣は、凡人が回り道をしないで、
創造に近づく最も最短の道の一つであることを知りました。時間をかけずに
はやく高水準の音声表現に達する指導方法の一つだということに気づきまし
た。

(4)模倣読みは、文章の音声表現能力を高める基盤となる
 
  「まなぶ」は「まねる」からきているとは、よく言われます。下手な子
も、内気な子も、みんなと一緒に声を合わせてまね読みをしていくうちに、
いつのまにか上手な音声表現ができるようになり、それが新たな文章の音声
表現の能力として転化していくようになります。学級全員で声を合わせ模倣
読みをしていくと、いつのまにか上手になっている自分に気づくようになり
ます。こうした体験がやがて自信につながり、音声表現することを楽しむよ
うになります。
  模倣読みで獲得した音声表現能力は、新規の文章をも上手に読める力と
なります。これを「転調、転移、移調、翻訳」などと言う人もいます。これ
は日本の伝統芸能(歌舞伎、落語、講談、日本舞踊)などでいう「弟子が師
匠の芸を盗む」ということと同じで、模倣して自分の芸の肥やしにしていく
ということです。


      
いろいろな模倣読みの指導方法


(その1)教科書会社発行CDの読み声を模倣させる

  教科書会社発行の朗読CDがあります。CDは、ほとんどの学校にそろって
いるでしょう。俳優やアナウンサーなどプロの読み声が収録されているCDで
す。昼の給食時間に放送で流す学校もあるでしょう。国語の授業でも大いに
利用しましょう。
  学級児童のたどたどしい読み声とプロの素敵な読み声とを対比させます。
どこが上手だったか、たとえば、間の取り方、速度の変化、強弱変化など、
どうだったか。こう読んでいたから場面の様子や人物の気持ちがよく出てい
た、自分だったらこう読むところを、CDではこう読んでいた、自分と比べ
て、ここが違う、自分は今度からこういうふうに読みたい、ここの文章個所
はこう読むとよいことが分かった、などと話し合います。
  CDの読み声は、自分たちの読み声と比べて、分かりやすく伝わり、様
子や気持ちが迫真的で、別世界になって聞こえてくることに気づかせましょ
う。上手な音声表現とはこういう読み方であるということを知らせましょう
そして、模倣読みをさせて、音声表現力を高めていく力を育てましょう。
  こんな利用のしかたもあります。微音読や小声でCDの読み声と一緒に
追いかけ読みをします。CDの読み声に合わせて一緒にまね読みを同時進行
でやります。これは「連れ読み」とか「平行読み」などと言われる方法です。
同じ文章個所を数回、追いかけ読みを繰り返します。声帯模写のようにそっ
くり模倣するのでなく、自分の声で、CDの読み声にできるだけ近づけて音
声表現していくようにするのです。CDの音調やリズム調子に合わせて音声
表現していくようにします。
  こんな方法もあります。教師がCD録音を一文か二文か三文ぐらいで一
時停止します。停止した文章部分までを児童たちにまね読みさせます。会話
文は、ひとまとまりの会話部分で一時停止します。会話文は、全体の話調や
語勢や文末のイントネーションなどに留意して模倣させます。微音読で、普
通の声の大きさで、学級全員の一斉音読などで、繰り返してまね読みをさせ
ます。CD読み声のリズム調子に入り込んで、同調させて、つまり呼吸を合
わせてまね読みをさせます。それには同じ部分の文章個所を繰り返し再生し
て聞かせる、それをまね読みさせると効果的です。
  前以てテープに、CD文章部分を部分部分に区分けして繰り返し録音して
おくとよいでしょう。短い文章個所でいいのです。それを聞かせて、CDの
読み声に共振させてまね読みさせるとよいでしょう。大胆に大げさに似せて、
のびのびとまね読みを試みさせます。似せることを楽しんで、がやがやわい
わいとまね読み学習をさせていきます。大胆にまね読みができた児童には大
きな拍手をしましょう。

(その2)教師はこんな指導のめあてでも模倣読みをさせる。

・「ここの文章構造は複雑なので音声表現の区切り方・間のあけ方・つなげ
  方を知らせたい」
・「ここの地の文は、CDのような情感づけ・音調の雰囲気で音声表現させた
  い」
・「ここの会話文は、CDのような話しぶり・気持ちの表出で音声表現させた
  い」
・「二人で対話している会話文はCDのような文末のイントネーション、文全
  体の抑揚づけ、やりとりの雰囲気で音声表現させたい」など。
・上は例です。教師のめあては、ほかにいろいろあります。

(その3)教師の読み声を模倣させる

  教師の読み声のあとを、一文(ひと区切り)ずつのあと読みで模倣させ
ます。教師の読み口調(語勢やリズム)の流れをつかんで模倣読みさせます。
教師の読み音調の呼吸(思いの連続と切断、そのタイミング)が児童の読み
声の呼吸と一致するようになったらしめたものです。
  教師の下手な読み声であっても、児童はけっこう教師の読み声を越えた、
上手な読み声で読んでくれるものです。これは、わたしの経験から言えます。
わたしの下手な読み声を模倣して、児童たちはけっこう上手に読んでくれま
した。
  ここはこんな感じで読むんだということを、教師の意図を児童に熱意を
もって伝えたりします。こう読むとよいという音調の感じや雰囲気を教師が
熱意をこめて言葉で伝えます。そうすれば、児童は教師の意図を汲んで、教
師の読み声を越えて、ありがたいことに上手に音声表現してくれるものです。

(その4)上手な学級児童の一文あと読みをさせる

  学級児童の中には音読上手な子が何人かはいるでしょう。どんぐりの背
比べの中でもちっと上手な子がいるでしょう。ある文章部分だけは上手に読
む子もいるでしょう。そうした児童の読み声を学級全員で模倣させます。一
文(ひと区切り)あと読みの斉読で模倣させます。できるだけ「似せる、ま
ねる」ことに集中させます。こうした児童の読み声は第一級品とは言えませ
んが、音読上手な子の読み声を利用することは学級全体のレベルを上げるの
にけっこう役立ちます。
  模倣読みを繰り返すと、読み手の身体が上手な読み手児童の身体と同調
しはじめます。語調や語勢やリズムが共振しだすようになります。上手な読
み手の身体リズムや息づかいが他児童の身体の中に入り込み、動き出すよう
になります。身体相互の情緒・感情の分かち合いが起こり、共鳴や融合が生
じてきます。こうして言葉が文章の線条性にのっかって音声表現ができるよ
うになります。模倣すると、文章内容が身体に響いて容易に理解できるよう
になります。文章全体の意味内容がかもしだす情緒性・気分・リズム・呼吸
の間合いなどが、身体を通してすんなりと受け入れられるようになります。

(その5)上手な読み声を発見したら模倣させる

  地の文や会話文の一個所を、たまたま上手に読んでいる児童を見出すこ
とがあります。こうした児童を発見したら、ほんのちょっとでも上手な読み
方をしてる児童を見出したら、教師はすかさずその読み声を誉め、とりあげ
て、それを全員にまねさせます。「ここの個所、たいへん上手に読めてた
よ」と称賛を与え、その読み声を全員に紹介し、斉読のあと読みで模倣読み
をさせます。
  一回だけの模倣読みでなく、五、六回と、上手な子のあとを繰り返して
まね読みをさせます。繰り返して、身体化するまで模倣読みさせます。

(その6)数名の中からいちばんよい読み声を選択して模倣させる

  同じ文章個所を数人の子に表現よみ発表させます。例えば、上手に音声
表現できそうな子を四人ぐらい指名して表現よみ発表させます。読み声を全
児童で聞きます。その中から一番よい音声表現を選択します。
  教師が「いま、4人に読んでもらいました。四人とも上手でしたが、そ
の中でも誰が最も上手でしたか」と問いかけます。いちばん上手と推薦を受
けた読み声を学級全員で模倣します。ここの個所はAさんが、ここの個所はB
さんが上手だったという場合もあります。そんな場合は、Aさんが上手だっ
た個所、Bさんが上手だった個所を、全員の斉読で模倣読みをさせます。一
文ずつのあと読みで模倣読みをさせます。ひとり読みしても、上手な子の読
み音調が自己保持できるまで、自分のものになるまで、繰り返して模倣読み
をさせます。

(その7)模倣読みは、数回繰り返しておこなう

  一回だけの模倣読みではもったいない。身につきません。同じ文章個所
を五回、六回と、それ以上と、繰り返して模倣読みをさせます。上手な読み
声の音調やリズム調子をまねて、身体に沈殿するまで繰り返して模倣させま
す。上手な読み声を繰り返して模倣することで、その読み音調を身体に刷り
込ませて、身体化するまで模倣読みを繰り返します。
  一回限りのまね読みだけでは、刷り込まれません、身体に沈殿しません。
いいかげんな模倣読みレベルで、中途半端で終わらせたら、雲散霧消してし
まいます。「おーい、みんな、一
人読みでも○○君と同じに読めるまで、完全に模倣できるまで繰り返してや
ろうぜ、オウ。」と景気づけの言葉(カツ、活)を全員で言って、楽しみつ
つ、遊びやゲーム感覚で、向上心や継続心に火をつけながら、楽しみながら、
同一文章個所を繰り返して模倣読み学習をしていきます。

(その8)どれぐらい上手になってるかを常時、確かめる

  模倣読みは、長い文章範囲でなく、短い文章範囲にします。短い範囲を、
中途半端でなく、ある程度まで徹底して繰り返して模倣させます。地の文な
ら一段落、、短ければ一文または二、三文ぐらいまでにします。できるだけ
短いほうがいい。
  会話文は短いですが、けっこう抑揚の上げ下げが難しい、語り口の語勢
や強調の入れ加減など難儀な音調があります。ひとりごと文なら、心内でぶ
つぶつと言っている感じを小声で模倣読みさせましょう。
  模倣読みの学習が終り、新規の文章個所に入ったら、「さあ、あとの文
章は、今までの読み方をまねて、今までの読み音調をまねて、自分で読み進
めてごらん」と指示します。一度つかんだ読み音調を次の新規の文章にひき
ずって読み出すようさせます。はじめはばらばらに個人読みで練習させます。
  まず模倣読みした上手に読める文章個所を先に読んで(ここが重要)、
それに直ぐつなげて新規の文章個所を読みつなげていくようにします。一度
つかんだ読み音調を引きずって読み進めていくようにします。児童はけっこ
う引きつなげて読んでいくものです。新規文章を上手に読めた児童を見出し
て、かれの読み声を、また全員で模倣読みしていきます。
  その後、どれぐらい引きつなげた読み音調で読めるようになってるかを
個人読みで発表させます。少しでもうまい読み声であったら、全員で拍手し
て、称賛を与え、自信を持たせます。下手でも拍手して自信を持たせること
が育て上手、教え上手というものです。こうて音声表現を好きにさせ、自信
を持たせていきます。こうして、ドングリの背くらべからしだいに脱却させ
ていきます。
  一度獲得した読み音調は身体に沈殿しており、新しい文章を音声表現す
るときの肥料となり、成長の糧となって蓄積していきます。身体に沈殿した
上手な読み声は、新規の文章を読むときに創造変奏して、新規文章も上手に
読めるようになっていきます。

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